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今日もランニングは控えた。日程が迫っている中で練習できないのは残念だが、2日前の10km走の後半の遅さを考えると、今体力を増やす努力をするよりは回復を待った方が良いと思う。十分走れないのは残念だが仕方ない。夜はニューヨークフィルハーモニックの公演に行き、帰りにわざわざ逆方向の電車に乗ってせたが屋へ行って、ラーメンと餃子を食べてきた。ここまでして足を運ばせるラーメンには魔力がある。

ニューヨークフィルハーモニックは、アッパーウェストサイドにあるリンカーンセンターで活動を行っている。リンカーンセンターはニューヨークフィルハーモニックが使用しているAvery Fisher Hallというシンフォニーホール、ジュリアード音楽院、ミュージカル施設等が入っている複合文化施設だ。ジュリアード音楽院には見学に行ってみたかったのだが、ホームページを見たところグループ見学しか受け付けていなかったので、あきらめることにした。この学校はとても有名とはいえ、他の学校に比して格別に良い立地と設備環境に恵まれた学校だと思う。

今日の公演内容は、ショパンの「ピアノ協奏曲第1番」とチャイコフスキーの「くるみ割り人形」第2幕だった。ショパンの方は、2010年のショパン国際ピアノコンクールで1位になったYulianna Avdeevaという学生奏者とニューヨークフィルとの共演だった。予習した限りでは、この曲はショパンの他の曲に比べて壮大な内容になっているとのことだったが、自分はそう感じられなかった。ショパンの他の曲をよく知らないし、何を分かっている訳でもないのだが、何となく陰鬱としていて好きになれなかった。この曲が壮大だというなら、他の曲はもっと陰鬱としているのかもしれない。ピアノ奏者についても恥ずかしながら上手いのかどうか自分では判断が付かなかった。ただ、25歳の年でみんなの前で間違えずに演奏できる度胸がすごいなぁとか、80人のコンクールを制したなんてすごいなぁ等と聴きながら考えていた。

くるみ割り人形の方はとても楽しく聴くことができた。童話の中の、特に主人公が楽しい冒険に出かけてるストーリーになっている第2幕の曲なので、楽しいものが多かった。有名な組曲なので、知っている曲をいくつも聴くことができたのも嬉しかった。個人的にはオーケストラの壮大さが感じられるチャイコフスキーの方がショパンの曲よりも好きだった。ショパンについては協奏曲のオーケストラパートの質が批判されていたりもするそうで、その点は大きな差だと思う。チャイコフスキーの曲についてはとても興味を持ったので、他の曲もぜひ聴いてみたいと思う。

くるみ割り人形については早速iTunesでMP3版を購入した。カフェのWiFiを使ってダウンロードしているので取得にものすごく時間が掛かっているが、聴くのが楽しみだ。思い出としてニューヨークフィルの音源が欲しかったのだが、あいにくそれは入手不可能で、代わりにサンフランシスコバレエオーケストラというところのものを購入した。生演奏の後で聴いてがっかりする内容でないことを祈る。

Avery Fisher Hall(外観)
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Avery Fisher Hall(内観)
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ジュリアード音楽院
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1月4日に行ったニューヨークフィルハーモニックのコンサートの日に感じたホームレスに対する自分の振る舞い方、態度の取り方について、少し考えることがあったので書いておきたい。自分は立派な慈善心を持ちたいという意識は毛頭ないし、ホームレスを蔑んで自分の心の糧にしたいというような歪んだ気持ちを持っている訳でもない。ただ、日本よりもホームレスという存在が自分の生活に近い場所にいる中で、そうした人達を自分がどう認識するべきなのか分かりかねているので、印象に残った事例について記述し、少し考察したいのだ。

コンサート当日は、ニューヨークフィルが活動しているAvery Fisher Hallというところに開演時間よりもかなり早く着き、予約したチケットの受け取りも済ませたので、時間を潰すためにホールのロビーにあるカフェスペースにコーヒーを買って入った。カフェは店員が席へ案内スタイルではないので、誰でも、何も買わなくても入ることができる。それ故ホームレスが入って居眠りしている場所もあった。自分は席を探そうと歩いてみたのだが、早い時間からかなり混んでいて、浮浪者の横以外席を見つけることができなかった。さすがに抵抗はあったのだが、右隣の人達はスペースを空けつつも浮浪者の隣に席を取っていたので、勢いで座ることにした。

開演までは2時間程度あったので、着いた席で本を読んでいたのだが、ホームレスの臭いで途中からその場にいるのが辛くなってきた。一方で左隣の中年女性グループに待ち合わせた友達が合流する度に場所を広げてくるので、いよいよホームレスと自分との距離が近くなり、臭いは最高潮に達した。こういうときに席を立つと、ホームレスから逃げたような気がして嫌だったので、開演30分前までは我慢してそこに座り、その後席を立った。席を立った後2階へ上がる階段からその席を見ると、自分の隣にいた中年女性グループもあっさり退散していた。自分という盾がなくなって耐えられなくなったのだろう。さっきまで自分の側へ厚かましく場所を広げてきたくせに、と思った。「オバタリアン」という言葉は死語だと思うが、中年女性の横柄ぶりは世界共通だと思った。

それにしても、こういう場面でホームレスに対しどう振る舞うのが適切なのか。臭いや、それ以上に重要な身の危険から自分の身を守るために相手から遠ざかるというのは何ら道徳に反することではないし、必然的なことだと思う。そういう意味で、この人は臭いし汚いから近寄らないでおこうというのは自然発生的な感覚で、それ自体倫理に反するものではないはずだ。では何故「自分が席を立ったら負けな気がする」と思ったのだろうか。相手は寝ているホームレスで、自分の周りに誰がいようと気にしなかっただろうし、自分が来るまではその人が避けられることによってできた大きなスペースがあった訳だから、本人も特に気にしていなかったかもしれない。

そもそも、そのホームレスは外が寒い中快適な館内で寝る場所を確保できただけでありがたいと思っていたはずだから、そこで他の客と同様に扱われたい等とは全く思っていないはずだった。強烈な臭いの中その人の側を立ち去らないことは、特にホームレス当人の尊厳を認める行為ではないし、席を立つ立たないで自分の倫理観が試される訳でもないはずだ。ホームレスを見かけることは大学院のあるボストンでも多くあるが、こういう状況でホームレスと近接した状況になったのは初めてだったので、改めて考えさせられた。修道女やホームレスのためのボランティアとして働いている人達等は、ホームレスとどういう気持ちで向き合っているのだろう。題名通り雑考に過ぎないが、また機会があれば、アメリカ社会で触れるこうした事象について書いていきたい。
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by ubuntuk | 2011-01-05 09:16 | 雑考
秋学期の成績が今日1月4日で全部出揃った。締切は今日の昼12時だったのだが、B200 Foundations in Financial Accounting and Corporate Financeの成績がなかなかオンラインシステムに出ず、イライラしながら待っていたところようやく15時半頃に出たという結果だった。結果は下記の通りで、GPAは3.38(FletcherはGPAを出さないので、必要な場合は自分で計算することになっている)。成績はB-までしかないので、AとB-の間のB+が中央値になり、GPAは3.33が平均になる。順番は成績表の並びに準拠。

D220 Process of International Negotiation: A-
国際交渉の授業で、25%がインターネット上のディスカッションボードへの書き込み、75%が10枚の中間レポートと25枚の最終レポートという成績評価基準。中間レポートの評価がA-だったので、最終評価にも納得だ。ディスカッションボードへの書き込みは授業期間中に6回行えば良いというもので、内容よりは回数基準を満たせていれば良いというものだったので、特に問題なく点数がもらえたと思う。最終回の授業の後に他の生徒の書き込み回数を見るとまだ2回だったりしたので、もしこの授業が相対評価だったとしたらその分のアドバンテージがあったかもしれない。レポートは、書くことに対しては真剣だったしページ数もかなり割いて詳細な説明を行ったのだが、リーディングの内容を反映するなど、下勉強の不足がAに至らなかった原因だと思う。International Finance and BankingのCertificateを得るための必修科目だったので仕方なく履修した科目だったのだが、長文のレポートを書く練習にもなったし、評価もそれほど悪くされなかったので、取って良かった。

B200 Foundations in Financial Accounting and Corporate Finance: A-
経験のある科目だったのでAを狙っていたのだが、評価の5割を占めるグループレポートの点数があまり芳しくなかった上、期末試験の出来がそれを挽回できるほど良くなかったので、ワンランク下のA-になった。結果には大いに納得できるが、絶対評価方式で規定の点数を取れば皆Aが取れるという科目だったので、Aに届かなかったことが残念。この授業の担当であるLaurent Jacqueという老練の教授は、Fletcherのビジネス系科目とMIB(Master in International Business)を仕切っていて、来期以降更に2科目この教授を履修する必要がある。悔しいのでこの教授からAを奪取できるよう次以降の科目でがんばりたい。この教授は特にケーススタディを重視するところがあるので、グループワークの提出物の質を高めることが良い成績を取るためには必須だ。

E210m Quantitative Methods: B
秋学期の上期で履修した半期の授業。既に書いた通り最後の試験で大失敗した科目だ。92点を取った中間試験の点数を帳消しにする27点というひどい点数が悔やまれる。最終試験の時期と重複してD220の10ページレポート提出や学外の重要なイベントがあったというのはあるのだが、繁忙を予想してもっと早めから試験問題を解いておくなど、対策はいくらでもできた。最初に受けた成績評価がBだということでとても焦ったが、取ってしまったものは仕方がないので、スケジューリングや取り組みの真剣度等を反省材料として別の授業に活かすことにしたい。これもAが比較的容易に取れる授業だったので残念だ。

E211m Microeconomics: B+
E210 Quantitative Methods終了後に履修した下期の授業。E210と同様に試験できちんと問題が解ければAを取れる科目だったのだが、中間試験でミスをしていたこともあり、結果はこんなものといったところ。期末試験の結果はまだ受領していないが、中間試験分を少し挽回した一方でA-以上に押し上げるには至らなかったという点数なのだと思う。ミクロ経済学は今後どういう仕事に関わっても利用する学問だと思うので、この半期の授業だけでなく、Microeconomics of Development等、応用系の科目も履修しておいた方が良さそうだ。そのためにはこういう基礎系科目できっちりAを取り、土台になる知識をしっかり定着させておく必要があるのだが、これも評価が付いてしまったものは仕方ない。

E240 Development Economics: B
3つあるQuizのうちの2つ目で平均点からビハインドを負ってしまった授業。3つ目のQuizとPolicy Memoで挽回を図りたかったのだが、2つ目の結果とほぼ同様の成績になっているところを見ると、それら2つが平均を大きく上回るような成績ではなかったのだと思う。授業で扱っている経済学の理論はMicroeconomicsとも連動していて特に苦には感じなかったのだが、Quizで登場する文章の正誤問題の真意を読み切れないなど、言語的理解という意味でのビハインドが常に常にあった。開発経済はFletcherでの専攻分野2つのうちの1つにするつもりなので、この授業の担当者であるSteven Block教授の授業をあと2つ程度履修しないといけないのだが、学生からの評価や自分自身の授業における理解度を考えると、あまり付き合いを深くしたくない相手ではある。開発経済をミクロ経済学の観点から教えているJenny Akerという評判の良い教授がいるので、その人の授業を中心にカリキュラムを組みたいところだ。

1学期を終えて、大変だったという思いよりはもっとやれたのにもったいないという気持ちの方が強い。試験につては、試験中のミスだけでなく、自分が理解の詰めを甘くしたせいで減点を受けた問題もある程度あった。ベストエフォートを出していれば成績を各科目につき1段階は上げられただろう。初めての学期で授業中の言語理解の点でハンデがあったということもあるが、それを挽回するために人一倍のリーディングをしようという意識がそれに伴って必要だった。周りの人達と話す中で、「時間をかけてリーディングを全部やっても結局試験には関係ない」といった言葉を間に受けたことも反省点だ。リーディングを全てこなしたからといって試験の評価が良くなる保証がないのは当然だが、それでも毎期4単位しかない履修枠の中で他の選択肢を除外して履修した科目なのだから、最大限そこから吸収しようという姿勢が必要だ。最小限の努力で最高の成績を出せることは格好良いし、できるなら自分もそういうパフォーマンスをやってみたい。学期の途中にはそういう気持ちに少なからずなっていた。でも結果はそこまで上手く出る物ではないし、出た成績には後悔もしている。重要なのは、自分が本当に必死になってその科目から多くを得ようとする姿勢を持つかどうかだ。2011年春学期はいかに効率良くスケジュールをこなすかということよりも、どれだけ必死に各科目に取り組むかに重点を置きたい。
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今日は激遅10kmランの後ということで、ランニングは休みにした。30kmランの後遺症は思った以上に大きい。せっかく時間に余裕はあったのだが、特に何もすることを思いつかなかったので、カフェを転々としつつ本を読む日にした。持ってきているのは国際開発系のノンフィクションなのだが、小説と違ってのめり込んで読むという感じではないので、短い時間で飽きてしまう。インターネットにつながるスターバックス等の店にいるときは、インターンネットを見たり本を読んだりという感じでやることを変えながら過ごしていた。

夕食は一昨日行ったSaigon Grillにまた行ってしまった。宿泊先から近いというのが大きいのだが、今回行ったニューヨークのレストランの中で雰囲気が一番気に入ったというのもある。他にも色々良いレストランはあるのだろうが、自分が持っている予算の中で最大のパフォーマンスを出してくれるという意味で、ここはとても良い。

今日特に何もすることがなかったのは、事前に決めていたスケジュールがこの日には当てはまらなかったということも理由だ。明日はニューヨークフィルハーモニックのコンサートに行って、明後日は国連のガイドツアーに参加することにしている。谷間の日ということで今日はなんだかつまらなかったが、読書とインターネット閲覧を時間をかけてできたので良かった。

インターネットではひたすら「世銀プロフェッショナル」というホームページの「世界銀行スタッフの横顔」というインタビュー記事26件分を読んでいた。皆さんそれぞれに大変な思いをされて世銀に入行したことが記事から分かり、心が洗われる気分だった。自分も多少のことで折れたり逃げたりしてはいけないと感じた。フレッチャー出身の方のインタビューもあり、自分がその人の経験と比べて大学院生活に対する必死さが足りないということも思い知らされた。どんな取り組みでも最初はやる気になり、慣れてきた頃にだれていくものだと思うが、少なくとも次学期の授業履修開始に当たって気合いを入れ直しておく必要がある。
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ランニングを2日休んだので、そろそろ大丈夫だろうと思って今日は10km走をやってみた。3km頃までは足も動いて快調だったのだが、それを過ぎた辺りからは30km走後のランと同様、急に足が動かなくなり、最後までのろのろと走るはめになってしまった。どうやら30km走の影響は想像以上に大きいらしい。明日明後日と改めて休みを入れて、回復を待つことにしたい。マラソン本番も1月9日に迫ってきているので、残念だがもうあまりハードなトレーニングはできなそうだ。

ランニングの後はニューヨークに来ていたサマースクールの同級生と牛角でビールを飲みながら焼肉を食べた。日本では見飽きるほどある牛角もボストンにはないので、ニューヨークにいるときにだけ体験できるイベントだった。肉やタレは日本の牛角と全く同じで、ビールもキリンやエビス等日本のものだったのだが、店員は見た目だけ日本人に見えなくもないというアジア系アメリカ人で占められていて、誰も日本語を解さなかった。きっと外国人からは日系人かその他アジア系かは区別が付かないだろう。牛角での食事代は、自分が貧乏学生だからということで、一緒に行った人にすっかりご馳走になってしまった。ありがとうございました。

牛角ニューヨーク
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今日も体調を戻すためにランニングを休んだ。ランニングの時間分余裕ができたので、昼間はアメリカ自然史博物館に行ってきた。自然史博物館はこれまで行ったことがなかったのだが、映画のナイトミュージアムを観て一度は行ってみたいと思っていた。

すごく楽しみにしていたのだが、展示物は思ったより退屈だった。確かにナイトミュージアムのように動物が勝手に動き出せばとても面白いのだが、それぞれの展示物はもちろん静止しているし、特に興味を引くものもなかった。展示物の多くが現在アフリカや北米で生息している哺乳類だったことも大きい。熊や鹿を等身大の模型で展示しているのだが、現在生息しているものを静物として、しかも等身大で展示する理由がよく分からない。これなら動物園で生きた動物を観た方が断然良いと思う。

一方で恐竜の巨大な化石の模型はスケールが大きく、子供達の目を引いていた。自分も子供のときは恐竜が好きで、一度だけ国立科学博物館に行ったときはとても興味を持てたことを覚えている。恐竜の展示に興味が持てないのは、展示物がつまらないからでなく自分が大人になってしまったからだと思う。

若干失望気味に展示物を観た後、せめてショップで面白いものを見つけようとミュージアムショップに寄ったのだが、市販品の寄せ集めでオリジナルの商品はほとんどなしという状況で、こちらにもがっかりした。結局何も買わずにミュージアムショップを出ることになった。映画の効果もあってせっかくこれだけ有名になっている博物館なのだから、ショップにもう少し力を入れても良いと思うのだが。そういう意味ではMoMA等はがんばっているかもしれない。

博物館を出た後は、近くにあるSaigon Grillというベトナム料理屋で夕食を取った。『地球の歩き方』に載っていた店で、たまたま近くにあるから立ち寄ってみたのだが、かなり良い店だった。雰囲気は想像していたような雑然としたアジア料理店ではなく、少し高級感を感じさせるものだった。一方で料理の値段はそれほど高くなく、敢えて安いものを注文しようと努めたりしなくて済んだ。ニューヨークでB級グルメ系の店ばかり回っていたことの影響もあると思うが、ちゃんとした店はここまで心地が良いのかと少し感動しさえした。

アメリカ自然史博物館(外観)
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アメリカ自然史博物館(内観)
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Saigon Grill
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