大阪滞在記① 夏の甲子園観戦

実家の大阪に戻った3日後、夏の全国高校野球の準決勝を観に行って来た。地元の大阪代表東大阪大柏原は2回戦で早くも負けてしまったので、田舎のある岡山代表関西高校の応援をしに行った。朝はあいにくの雨で8時からスタートした第一試合の光星学院と作新学院の試合が到着した9時半の時点で中断されていたのだが、10時半過ぎに3回途中から試合が再開されたので、観に行った関西と日大三高の第2試合と合わせた準決勝2試合のうち、ほとんどを観ることができた。

雨だったの屋根のあるホーム寄りの席に座りたかったのだが、天候のせいで屋根付きの席は既に完売になっていた。内野自由席、アルプス席、外野自由席が空いていたのだが、せっかくの高校野球なので応援団席のあるアルプス席の券を買った。価格は1枚500円。買ったのは関西が入る予定の3塁側の席で、球場に入ったときには第1試合で3塁側になっていた光星学院の応援団が入っていた。光星学院は5-0の完封で作新学院を下したので応援も盛り上がり、観ていて気持ちが良かった。

光星学院は青森の学校だが、選手を大量に大阪から引き抜いて来ているので、応援席にも関西弁を操る選手の家族が退去して押し寄せていた。中でも2年生で4番を打っている田村龍弘という先週の家族は10人ぐらいいたように思う。田村の名前と背番号5が背中にプリントされた黄色いTシャツをお揃いで着て、田村の打順が回ってくると、家族一丸となってひときわ大きな声で応援していた。光星学院は東北の星ではあったが、選手は皆思いっきり関西人だった。逆に、そういう背景があるために、甲子園出場の折には選手の凱旋を関西で熱狂的に迎えてくれる地盤というものが存在するので、関西出身の選手達が夏の甲子園に出場できる意義が他チームに比べてもひときわ大きいということもあるかもしれない。

光星学院と作新学院の試合が終わり、関西と日大三高の試合が始まったときには既に正午頃になっていた。予定通りいけば10時半試合開始だったのだが、雨が止んで日差しが強くなり、ものすごく暑くなった中で試合を観戦することになってしまった。半袖で行ったので腕が真っ赤になるほど焼けてしまった。関西の応援に来ていた地元のおばちゃん方はサンバイザーとアームカバーで対応していたのだが、それが正解だったと思う。試合の方は6回まで1対1の均衡が続いていて、緊迫感のある試合だったのだが、7回に8点、8回に5点を関西が日大三高に取られてしまい、チームも応援団席も意気消沈してしまった。7回に8点を取られた後、8回表にホームラン等で3点を返したときには一気に盛り上がったのだが、堅田というエースが7回途中で降板した後はリリーフした2人の投手が日大三高の打線を抑えることができなかった。

それでも9回表には「あきらめるな!」という声援がアルプスから飛んでいて、選手への思いやりや地元の学校への思い入れが感じられた。プロ野球の場合だと、罵声を浴びせてメガホンを投げた上で球場から退散という絵面にもなりかねないと思うが、高校野球には観戦者側の一方的な判断で簡単に崩れてしまうような信頼関係以上のものがあるように思う。選手と学校関係者、応援に来ている地元の人達が一丸となって相手に立ち向かうプロセスは、強い結束力と地域や学校、選手1人1人に対する愛情によって成り立っていることが強く胃感じられた。アルプス席で応援してみないとこの結束は理解できなかったかもしれないので、ホーム側の席が満席で逆によかった。

甲子園球場に到着したときにはまだ雨天で試合が休止中だったので、お土産はそのときに買っておいた。小さい頃から甲子園に来る度、応援している高校のペナントや野球ボールを買ってもらっていたので、今回もその欲が出て関西のペナントとキーホルダーを買った。ペナントは昔300円だったのだが、400円に値上がりしていた。デフレなので特に円の価値は下がっていないと思うのだが、グッズの販売数量は減っていそうな気がするので、その分単価に乗っているのかもしれない。キーホルダーやその他のグッズは新しく作られたものが多かったようだが、準決勝に進んだ4校以外のぐっずは全て撤去されていた。昔は出場全校のペナントがいつでも買えたように思うのだが、そういうシステムではなくなったのかもしれない。
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