<   2011年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

大きな山場が迫る中、昼はそれに向けての準備とグループレポート&プレゼン準備、夜は同級生が帰る場所のない哀れな留学生のために招いてくれるThanksgivingの食事会に出かけるという日々が4日間ほど続く週末になっている。山場に対しては、自分がこれまで長く目標として持ち続けて来たものなので、全力で取り組みたいと思いつつも、若干の二日酔いや日々のグループワークに気を取られてなかなか集中できないでいる。結局はどんな大事な物事が待っていようと、グループワークで自分が受け持っている責任からは逃れてはいけない訳だし、そういったものを簡単に放棄するような人が山を越えることなどできないと考えるようにしている。

ただ、こういう重要な局面では1人で悩み考えることに限界がある。大きなプレッシャーの中で自分がそれに強い精神力で立ち向かわなければならないし、簡単に誰かに甘えるようでは大人としてあまりに未熟としか言いようがないだろう。他の人達がこういう場面でどのように自分の精神状態を保つのか興味深いところではあるが、自分自身については、心の中にもう1人の自分を置くようにしている。その人物は昔ダウンタウンが「ごっつええ感じ」で多用していた"ちっこいおっさん"という人物で、何かと口うるさく自分に対して叱咤激励してくれる。

自分がやるべきことをさぼっているときなどは、「お前の人生だぞ。お前が自分で何とかしろ。」とそのおっさんに心の中で言わせる。自分が物事をうまく進められていないとき、何か別の物事や他人のせいにしようとした場合には、「てめえの問題だろ。他人のせいにするな。自分で解決しろ。」と言わせる。本来は一流のアスリートのようにきちんと勉強と経験を積んだコーチがいて、客観的な目線で厳しく指導してもらうのがベストなのだが、自分はそんな身分ではないので、可能な限り他人の客観的なアドバイスを得ようとしつつも、自分で精神面をコントロールするようにしている。

誰にとっても日常は忙しく、自分の目標やそれを達成するための大切なプロセスに時間を割くことが難しいが、その中でも最大限の成果を得られるよう、自分の精神力を強く保ちながら乗り切って行きたいと思う。ちっこいおっさんとともに。
[PR]
by UbuntuK | 2011-11-26 06:51 | 雑考
明日からThanksgivingの休みに入る。図書館には人がほとんどおらず、完全に休みモードになっている。多くの人は今日から旅行や実家への帰省に入っていて、授業にもあまり人が来ていない。Thanksgivingの休みはそもそも今週木曜日と金曜日だけなので、十分に休みの日程を稼ごうと思うと水曜日をオフにしてしまう必要があるのだと思う。

日本人の同級生も数人は旅行に出かけてしまった。自分はE243 Agricultural Developmentのグループレポートとプレゼンテーションの準備があるので、旅行には時間を割くことができない。そもそもお金もあまりないので、旅行を考えるには財政的にも少し苦しかった。今週末はE243のプロジェクトと前述の"山"への取り組みに専念したい。人がほとんどいないので、集中できる環境にはある。
[PR]
11月18日(金)13:00-17:00のスケジュールで、Japan Roundtable 2011というFletcher日本人会主催のフォーラムを行った。テーマは震災後の日本におけるエネルギー・原子力政策と経済復興で、Fletcher内外の講演者に来てい頂き、プレゼンテーションとパネルディスカッションを実施した。プレゼンテーションもパネルも好評で、参加者は皆それぞれに気に入ったプレゼンテーションについて言及しながら「良い内容だった。」と言っていた。人によって気に入った講演者が異なったので、オールスター的なラインアップで講演者に恵まれたのだと思う。

残念だったのは、フォーラムへの参加人数。Fletcher日本人会のスタッフを除いて118名の登録があったのだが、実際に来たのは58名で、出席率は49.6%だった。4時間あるフォーラムの中でずっと在席してくれる人は少ないため、講演途中にスポットでカウントすると40名程度だったそうだ。内容が良かっただけに、あまり人を集められなかったのはとても悔いが残る。登録者数、参加率ともに目標を下回ったので、広報活動をもっと充実させないといけないと感じた。広報と言っても、大事なのはFlyerの数や宣伝メールの頻度ではなく、いかに直接候補者を口説いて来てもらうように仕向けるかだと思う。実際、直接話をしたり、授業の最後にフォーラムの説明をした12名規模のクラスの学生達は約束通り来てくれた。一方で大教室での宣伝やメールでの通知に対する反応はあまり芳しくなかったので、フワッと投げて告知するだけでは不十分なのだと思う。

反省点の残るフォーラムではあったが、運営そのものはとても勉強になった。Flethcerの2年生は現在4名しかいないので、協力しながら仕事をしたのだが、その中で官庁や民間のバックグラウンドを持っている人達の仕事の進め方に関する特性等も分かり、とても興味深く思った。4人という人数にも関わらず2年生同士で一緒に物事に取り組む機会がこれまでなかったので、フォーラム運営の機会を持てたことは良い思い出にもなった。フォーラムを準備する中で相手に対して不満を持つことは誰と仕事をしても常々あるが、もう金曜日で終わったので、その辺りのことはきれいさっぱり忘れることにしたい。

ASIA NightからJapan Roundtable 2011まで、今学期はかなりの時間を課外活動に割く結果になった。今は自分自身にとってとても大きな山場を迎えているので、課外活動が一段落した今日からはそちらに注力していきたい。実はその山場はとてつもなく大きく、一方で長い間ずっと乗り越えたいと熱望していたものだ。ASIA Nightやフォーラムに注いだエネルギーを一気にそちらに向け、悔いの残らないよう全力で取り組みたい。今回は1人で回すには大きすぎる案件なので、自分自身の話である一方で周囲の人達の力も借りながら進めている。そのときの皆さんの対応があまりに真摯で温かいので、とても感動的な気持ちにさせられる。恩に報いるためにも懸命にぶつかりたい。

"Here are two important questions. Do I really want it? And what can I do? So we get it."
James Posey, Boston Celtics
In a huddle before the game versus Los Angeles Lakers, NBA Finals 2008
[PR]
前回ブログに書いたFletcher Perspectivesという展示コーナーの写真について、卒業後の新居に飾るため、現在掲示されている写真のうち8枚を出品者から購入した。本来はFletcher Perspectivesの担当者に写真購入を申し出た上で代金を支払い、そのお金が国連に寄付される予定なのだが、あいにく数週間経っても担当者がメールに返信しないので、しかたなく出品者に直接問い合わせた。本人も写真を現像して販売する仕事をしているとのことだったので、Fletcher Perspectivesが提示している1枚当たりの単価と同じ値段で出品者から購入した。家も決まっていないのに壁に飾る写真だけは決めてしまった。それほど今のFletcher Perspectivesの写真は好きということだ。もしご興味があれば、出品者のウェブサイトをご覧下さい。
[PR]
ミッドタームが長引く中でかなりブログの更新を休んでいた。その間に書きたいことは色々と起きたのだが、書かないまま通り過ぎていった。しかしながら、掲題の件だけは書き留めておかない訳にはいかないので、きちんと書いておくことにしたい。この面談は作家の大江健三郎氏がTuftsで講演をする予定がある中で、当日夕方の講演時間までの間を利用した昼食会を日本語学科の先生が企画し、Tufts大学内の日本人/日本関係者に声をかけてくれたもの。自分は去年、日本語学科の授業の学生が課題のインタビューを受けていたので、その縁でメンバーに入れてもらった。昼食会で伺った内容は下記の通り。学生の側から質問を行い、大江氏がそれぞれについて10-20分程度話をするという流れだった。話の内容がとても知的である一方で、ご本人は冗談交じりに話をされるとても気さくな方だった。1時間半程度話を聴いていたのだが、全く飽きることがなかった。とても貴重な体験をさせてもらった。

1. 作品の着想と、それを通じて体現する思想の関係(どちらを目的として作品を書くのか)
私は思想を体現するために小説を書いているつもりはない。むしろ、自分が重要だと考えているのは文章をElaborateするところにある。最近New York TimesでElaborateという単語をある政治家の説明ぶりに対する批判として使っている記事があったが、自分の考えるElaborateとはもちろんポジティブな意味での推敲である。思想は自分が伝えたいと考えてElaborateする文章を表現するためのスタイルに過ぎない。スタイルとは○○先生のシャツの着方がおしゃれなように、作品を読者にどう見せるかということ。

2. 日本語の定義の重要性
日本語を正しく定義することはとても重要。「あはれ」と「かなし」の違いで言えば、あはれは相手に対する同情を示し、相手と自分との関係が繋がっている状態を表すのに対し、かなしは悲しだけでなく愛しと書くことからも分かるとおり、自分が愛情を持つ相手との関係が死等において断絶した状態を示す。某女流作家が『源氏物語』の邦訳版を書いたが、内容がひどい。例えば、「ものがなし」という言葉は現在では何となくかなしと使われているが、古語で言う「もの」とは物質として存在するという意味で、「ものがなし」とは物質として表されるほどに悲しいということ。某女流作家は光源氏が紫上と結婚した後初めて3日間家に帰ってこなかったという場面で「何となく悲しい気がした。」と書いたが、大変な誤り。結婚相手が3日間帰ってこない女の気持ちを何となく悲しいと平気で書ける人の気が知れない。

3. 文学としての日本語
最近の日本語の乱れについては問題だと感じている。日本語には日常で使用する日本語と文学で使用する日本語の2種類あると考えている。日常で使う日本語は意味さえ伝われば良いが、文学としての日本語は明確な定義とともに使用されねばならず、質が守られねばならない。日常の日本語がどうであれ、いざ若い人が手紙を誰かに書こうとしたときにきちんとした文章が書けないようでは、現在の日本語教育が正しいとは言えない。

4. 部外者に対する意識(『万延元年のフットボール』に登場する在日朝鮮人について)
私は部外者を拒絶する意識を持っているわけではない。『万延元年のフットボール』で「スーパーマーケットの天皇」という在日朝鮮人について書いたが、それは自分が部外者を拒絶するメンタリティを持っているからではない。本来の意図は在日朝鮮人という部外者によって村のコミュニティが二重三重に没落していく様を明確に書くためで、それ以上の意図はない。ちなみにモデルは私の地元に実在する。

作家が日本語の文法や表現方法に通じていることは当然ではあるのだが、ここまで精緻に日本語を捉えて扱っているとは思わなかった。プロの文筆家の中でも一流の人のレベルというのはここまでのものなのかと思い知らされた。ちなみに大江氏は現在76才とのことで、その年でここまで語れるのも驚きだ。専門職大学院で2年過ごす中で、すっかりプラグマティックな生活に慣れてしまっていたので、文学や日本語について考えたり、それを通じて捉える自分自身の生き方ついて考えるきっかけができて良かった。恥ずかしながらノーベル賞受賞の理由になった『万延元年のフットボール』は読んだことがないので、時間を見つけて読んでおきたいと思う。
[PR]
2011年秋学期のMidtermが火曜日で全て終了した。月曜日にL230 International Business Transactionのプロジェクトペーパーを提出して、火曜日にE230 International Financeの2回目の中間試験を受けて、2週間続いたMidterm関連の作業が全部片付いた。10月27日提出のB260 International Marketingに始まって、10月31日提出のE243 Agriculture and Rural Development in Developing CountriesのMemorandum、11月2日提出のB226m Large Investment and International Project FinanceのFinal Exam、と続き、今週月曜、火曜にあった前述の2コマで長いMidterm期間が終わった。

5科目を履修したのが初めてだったことと、妙にWriting Upの試験が多かったので、1年生の2学期分の授業のときより余計に手間がかかった。10ページ以上のペーパーの提出は課されていなかったので、作業分量としては楽だったのだが、逆に1250語やダブルスペース4枚といった分量に多くの情報を収めないといけなかったので、仕上がりの分量以上に作業が必要だった。せっかく試験が全て終わったのだが、もう11月の第2週ということで、1ヵ月もすればFinalの時期になってしまう。11月後半のThanks Givingを一時休みにして、その後はFinalに没頭という感じになりそうだ。

唯一の癒しは今とてもきれいに色づいている大学付近の紅葉の景色だ。日本では特定の紅葉スポットに行かないと観られないような景色が、家から大学まで歩く間にたくさん転がっている。あいにくiPhoneしか持っていないのだが、Fletcher最後の秋なので、できるだけカメラに収めておきたい。Marc Frankelはどうやってこの紅葉を撮るのだろう。Galleryにはボストンの紅葉が全然出ていないので、ぜひ撮ってほしいと思う。そもそも自分が住んでいる場所にはあまり興味がないのかもしれないが。

通学途中の橋から見た紅葉
a0170095_5194473.jpg

[PR]
←menuへ