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今日Fletcher Schoolのオリエンテーションが始まり、DeanのStephen Bosworthを含む関係者からの挨拶とカリキュラムその他の説明があった。

それぞれの挨拶はものすごく感動的というものではなかったが、退屈になりそうな事務的な話を冗談を随所に交えて説明する担当者が多く、聞いていて楽しかった。サマースクールで聴衆の注意を自分に向ける努力やパワーポイントの文字を最小限にすること等をプレゼンの練習の際に言われていたのだが、今日改めてこういうことだったのかと理解した。説明をしている教授やスタッフ、1学年上の先輩の話を聞いて、自分がいかに効果的な説明ができていないかを痛感した。

午後2時半頃まで続いた全体のオリエンテーションの後、International Student向けのオリエンテーションがあったので、そちらにも参加した。遅れて到着すると、学生全員が1人1人立って自己紹介をしているところだった。もちろん自分に回ってくるので話したのだが、ただの自己紹介でも200人収容のホールの中で立って話すのはとても緊張する。場数を踏むしかないのだろうが、2年間を通じて少なくともこういうのに動じない人間になってみたい。

明日は少人数のグループに分かれてのオリエンテーションが始まる。内容は課題図書の読み方や図書館の利用方法等。全て必要なことだとは思うが、少し退屈かもしれない。せめて同じグループの学生とは仲良くなっておきたい。
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今日は18時からFletcher Schoolの寮、Blakeley Hallのオリエンテーションが寮の中庭であった。オリエンテーションと言っても挨拶のための軽い会のようなもので、寮の管理人2人が寮とその周辺に関する簡単な説明をした後、質疑応答をして、後は寮生同士で挨拶し合うという感じだった。アメリカ人の寮生はやはり少数で、多くはヨーロッパとアジアからの留学生だった。

寮の管理人は日本と違ってとても若く、去年Fletcher Schoolを卒業した学生とPrincetonでArchitectureの学位を取った学生の2人が勉強の合間に寮生の面倒を見るといった形になっている。大学院性の収入源として捉えられている仕事のようだ。年が近いこともあって親切に対応してくれるし、学生特有の質問事項も把握してくれているようなので、年配の常駐管理人より逆に良いかもしれない。

挨拶した寮生はアジア系がインド、インドネシア、パキスタン、韓国、中国、香港といったところの出身で、ヨーロッパ系はドイツ人が主だった。Fletcher Schoolの合格者向けウェブサイトにはイギリス、ドイツ、日本、韓国、中国、メキシコとなっていたので、イギリスを除けばその比率が反映されていると思う。

オリエンテーションではケーキが出されたのだが、挨拶に気を取られているうちになくなってしまっていたので、結局何も食べられなかった。皆夕食がまだだったので、ルームメイトになったアメリカ人、日本人と、隣の部屋に住んでいるインドネシア人とで近くのメキシカンレストランでラップサンドを食べてきた。学期が始まれば大学の食堂が空くのでそこで食べることができるが、サマースクールのことを考えてもあまり期待できないと思うので、大学が提供しているミールプランに申し込むかはもう少し考えることにしたい。

明日からはいよいよ学期が始まる。日本ほど厳かなものではないにしろ、明日は一応入学式があるので、少し楽しみではある。その後は月曜から木曜までオリエンテーションが続き、金曜日に経済学と数学の適性試験を受けることになる。勉強する時間は必要なのだが、オリエンテーションは朝から夕方まで続くし、夜も学生同士の交流イベントがあるので、あまり時間を取れないかもしれない。
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アメリカン・ロイヤーの誕生―ジョージタウン・ロー・スクール留学記 (中公新書)

阿川 尚之 / 中央公論社

 ジョージタウン大学ロースクールでJD(Juris Doctor、法学博士)の学位を取得し、ニューヨーク州弁護士の資格を取得した著者による留学体験記。アメリカの司法システムにおけるロースクールの位置付け、ロースクールでの生活等を広くカバーする形で紹介している。アメリカのロースクールのシステムや司法試験の在り方は日本と大きく違うため、読んでみて非常に参考になった。

 特に印象深かったのは、ジョージタウンロースクールに通う黒人学生の立場。著者の同級生の黒人の多くは教育レベルの違い等から司法試験に合格できない者が多く、成績優秀者のみが参加できる大学院の機関誌ロージャーナルの編集委員になる者も皆無だったという。オバマ大統領が黒人として初のハーバードローレビューの編集長になったという経歴が自身の大統領就任時に取り沙汰されていたが、こういった経緯がある中では確かに革新的な出来事であったことを実感できる。

 合格率が極めて高いアメリカの司法試験制度の中では、出身ロースクールやそこでの成績が就職に際して重要になるため、必然的に出願や学内での競争が激しくなるというのは納得である。ノンネイティブとして厳しいロースクールの競争の中で必死に取り組んでいる著者の姿勢は、単なる留学体験記を超えて読者の心を打つものであると思う。成績優秀者に値するクム・ラウデを12点中あと0.5点の差で取り逃がしたことについて読んだときは、その悔しさに共感を覚えた。

 ノンネイティブスピーカーの日本人がアメリカ人の学生と同じ3年間のJDコースを履修することは稀で、多くは学部での法学士取得者が1年のLL.M.に参加するため、JDにおける生きた経験を知ることができて良かった。これからアメリカでLL.M.取得等を目指す日本人学生に取っては、参考になる点が数多くあると思う。

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by ubuntuk | 2010-08-30 05:15 | 書評
8月28日(土)午前9時過ぎ、ニューヨークのペンシルバニア駅から今回の旅の最後になるAmtrak Regionalボストン行きに乗った。駅には出発予定時刻の15分前に着いたのだが、ホーム近くに行ってみるとまだ乗車ホームが決まっていなかった。東海岸の列車はビジネス客が多いためあまり遅れないよう運用されていると聞いていたのだが、今回は10分遅れで発車することになった。

ニューヨークを出てからボストンに至るまでの景色は、ニューヨークの街並み、森林を中心とする風景等が見られてとてもきれいだったのだが、乗客がとても多く、窓際の席を取ることができなかったので、残念ながら写真撮影はあきらめた。ニューヨークからボストンまで乗っていく人はそれほど多くなく、大抵の人は途中のコネチカット(Conneticut)州内の駅等で降りて行った。飛行機を使うには不便な距離を移動する人のために補完的に機能している路線なのだと思う。

数か所の駅を経て、4時間後の午後1時過ぎにBoston South Stationに到着した。今回の旅の中でこの路線だけは近距離で車中泊もなかったので、特に強く印象に残る出来事があったわけではないが、発車が遅れたこと以外はスムーズだったし、通過する地域の景色もきれいだったので、乗車区間として気に入った。格安バスが運行している区間なのでAmtrakを敢えて使うことはないかもしれないが、機会があればまた乗ってみたいと思う。

South Stationに到着したところで2週間のAmtrakの旅は終了した。車中泊が多かったので疲れる旅行だったが、14日間連続の休みがないとできない旅だったので、今回実行に移してみて本当に良かったと思う。特に、色々な表情を持っているアメリカの自然を間近で見られたこと、ダイナミックな移動を1人でこなせたことは感動的だった。鉄道マニアではないつもりだが、Amtrakの魅力をよく理解できたので、できればシカゴ―ロサンゼルス等の別路線にも機会を見つけてチャレンジしてみたい。

夕方には晴れてFletcher SchoolのBlakeley Hallに入寮した。明後日からいよいよ大学院生活本番が始まるので、これまでとは違ったトピックについて考えたことを色々と書いていきたい。
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ニューヨーク滞在を1日延ばしたので、27日(金)も観光に出かけた。泊まったホテルはHotel 373 Fifth Avenueというミッドタウン5番街の良い立地だったので、移動が楽だった。ニューヨークには数回来たことがあったので、あまり美術館や観光スポット巡りはせず、日本のラーメン屋や本屋を回って過ごした。夜はまだ観たことがなかったミュージカルのウェストサイドストーリーを観てきた。

Hotel 373 Fifth Avenue
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朝はだらだらと寝てしまったので、昼前からホテルを出て、ダウンタウンにある紀伊国屋書店に行った。渡米前に買った地球の歩き方・ボストンをなくしてしまったので、ここで買い直した。サマースクールの授業で他国の学生が発言していた歴史的背景に分からないところがあったので、勉強し直そうと大学受験用の世界史の参考書も買った。定価の4割増ぐらいの値段だったので、2冊合計で50ドル強。出費が少し痛かった。

紀伊国屋を出た後は、徒歩でニューヨーク大学の近くにある一風堂へラーメンを食べに行った。少し待ったが、1人だったということもあってすぐに案内された。中はニューヨークらしいポップな作りで、壁にはひらがなで一風堂の店員と思われる名前がずらっと表示されている。ラーメンは単品13ドル、セットで16ドルと日本より高めだが、出てきたラーメンは本当に日本と同じだったので、立地を考えると抑えている方だと思う。店員は英語だけを話すアメリカ人の受付嬢、英語を話す日本人と日本語を話すアメリカ人のホール、全員日本人と思われるキッチンとで構成されていた。料理も店の雰囲気も本当に良くできた作りになっていて、どうやって出店計画を作り、運用してきたのだろうと思った。ビジネス的に見ると、許認可申請や現地採用スタッフの雇用、原材料のデリバリー等、色々難しい問題はあると思うのだが、これらを全て一風堂という企業が賄っているとしたらすごい。もしかしたら日本、アメリカ双方に信頼できるコンサルタントがいるのかもしれない。

一風堂入口
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一風堂を出た後は、夜に観る予定のミュージカルのチケットを買うためにTimes SquareのTktsに行って列に並んだ。金曜日ということもあってかなり時間がかかり、結局1時間半並んだ末にようやくウェストサイドストーリーのチケットを手に入れた。値段は50%offのオーケストラ席で62.5ドル+サービス料4ドル=66.5ドル。貧乏旅行の中で少し痛い出費だったが、前回観ようとしてチケットが完売になっていた演目だったので、思い切って買うことにした。

チケットを買った後は20時の講演まで時間があったので、Tktsの近くにあるNBA Storeに行ってみた。中はNBA、WNBA全チームのグッズ、特にユニフォームとTシャツで埋め尽くされていて、バスケットボールのシューティングゲームや選手の手の大きさを体験できるコーナーもあった。各チームのスタジアムに併設されたショップを大きくしたような作りだが、中で遊ぶことができるよう最大限の工夫がされていて、面白い施設だったと思う。店内をらせん状のスロープで下りながら見て回る設計にしてあるのも楽しい。日本のショップに比べるとアパレル系の商品が多いのは、多くの人が気に行った選手のユニフォームを着て応援するアメリカ人の購買傾向を反映しているように思えた。

NBA Store入口
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NBA Store店内
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時間をつぶした後、20時から始まるウェストサイドストーリーを観るため、再びTimes Squareへ。この演目はPalace TheatreというTktsから近いブロードウェイの中心地で公演されていて、道順が分かりやすかった。公演場所は人気を反映しているのだと思う。劇そのものについては、ストーリーを全くチェックしなかったせいもあって、展開に驚かされて面白かった。プエルトリコ系のグループがスペイン語を多用して劇を展開する演出が気に入った。ロミオとジュリエットを題材にしていることさえ後から知った。歌や台詞を英語で聴き取るのが能力的に難しいので普段は予習するのだが、今回は知らずに観たことのメリットがあったと思う。

ミュージカルのチケットその他でお金は結構使ってしまったが、日本の店を中心に回ってみるなどして、普段と違う形でニューヨーク観光をできたことが楽しかった。今後も時間の許す限り何度も来て、パターンを変えながら観光してみたい。
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8月26日(木)午後14時前にニューヨークのペンシルバニア(Pennsylvania)駅に到着し、予約していたHostelling International New Yorkにチェックインした。その後インターネットに繋ぐために近くのスターバックスに入って少し作業をした後、New York Metsの試合を観にニューヨーク郊外のCiti Fieldまで地下鉄で行ってきた。

Hostelling Internationalはマンハッタンのアッパーウェストサイド、104番通り沿いにあるホステルで、あまり周りの治安は良くない。それでも大手ホステルチェーンのニューヨーク拠点ということで、木曜日でもかなり混み合っていた。大学院の入寮日が28日(土)なので、金曜日はボストンのホステルに1泊し、翌日の午前中に入寮しようと考えていたのだが、せっかくなのでニューヨークで2泊しようと思い、金曜日に1日分の部屋が空いているかどうか聞いてみたところ、やはり満室とのこと。フロントとコンタクトを取りながらキャンセルが出たら予約するように言われたのだが、当てのないキャンセルを待ちながら宿なしで待つことが心配だったので、あきらめて別の部屋を探すことにした。

ホステルを出てスターバックスに入り、ネットで検索したニューヨーク市内のホステル6件に電話したところ、全て満室との返答が返ってきた。仕方がないので宿泊先をホテルに変更し、日系の旅行代理店サイトが提示する一番安いホテルを予約した。ミッドタウン5番街で100ドル程度。ホテルにしてはかなり安いと思う。

宿泊先の件が一段落したところで、ニューオーリンズからニューヨークへ来る列車の中で予約したNew York Mets対Florida Marlinsの試合を観に、Metsの本拠地Citi Fieldへ出かけた。試合開始は19時10分だったにも関わらず17時半頃に着いてしまい、スタジアム内のグッズショップや殿堂博物館を見学していた。試合開始直後は、木曜日ということからかあまりお客さんの入りが良くなかったが、3回ぐらいになるとある程度の人数が入っていた。Metsは今年あまり調子が良くないらしいので、満員というのは難しいかもしれない。

Citi Field
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試合内容は最初Metsが4-0でリードしていて、守備の方も3回までノーヒットに抑えていたので盛り上がっていたのだが、4回に2点、6回に7点取られて簡単にひっくり返されてしまっていた。7点取られる場面では、2失点した辺りでピッチャーを替えるのかと思いきや、逆転されるまで先発を継投させていて驚きだった。あまり良い中継ぎがいないのかもしれない。中継ぎ登板後も結局打たれ、7失点という寂しい結果になってしまった。3回まではかなり拍手が沸いていたのだが、6回の守備終了時には大ブーイングが起こっていた。アメリカのお客さんは本当に率直で、良いときには褒め、悪いときには思いつくままに罵詈雑言を浴びせる。選手の気が引き締まるという意味では日本的な応援より緊迫感があって良いかもしれない。

結局9回にもまたピンチを迎え、2点を失って4-11になった。お客さんも8回が終わった頃にはほとんどはけてしまっていて、練習という意味からか最後に元ヤクルトスワローズの五十嵐がマウンドに上がった。背負っていたランナーは結局返されてしまったが、登板機会があったのは良かったと思う。翌日には高橋がセーブを挙げていたので、両選手とも打力の弱く点差が狭くなりがちな今季のMetsを上手く支えているのだと思う。

五十嵐登板場面
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8月25日(水)午前7時5分にニューオーリンズ発ニューヨーク行きのAmtrak Crescentに乗って車中1泊でニューヨークまで移動した。旅行の中で唯一早朝発の便だったので間に合うか心配だったが、何とか無事に乗ることができた。

ニューオーリンズを出発して数時間後に通った海の中を抜ける長い橋は圧巻だった。列車の窓から右を見ても左を見ても海以外は何も見えず、通っている橋も見えないため、列車が宙を浮いて海の上を走っているようだった。日本だと東京湾アクアラインなどは海の上をずっと通ることになるが、大きく違うのは走っている地面が見えること。特撮映画のシーンのようで、なかなか得難い経験だったと思う。

海上走行中の風景
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ルイジアナ州を抜けた後は、森や川を通りながら時々大都市にたどり着くということの繰り返しだった。写真を撮るチャンスを探していたのだが、ほとんどは線路沿いの木々に邪魔されていたり、登場したきれいな景色もすぐ消えたりで、良いタイミングでカメラ(正確にはiPhoneのカメラ機能)を向けることができなかった。そうこういしているうちにフィラデルフィア(Philadelphia)、ニューアーク(New Ark)等の駅に着き、あっという間にニューヨークのペンシルバニア(Pennsylvania)駅に到着した。理由は分からないのだが、フィラデルフィアにしても、ニューアークにしても、ニューヨークにしても、みな駅名がPennsylvania Stationになっている。また時間のあるときに思い出したら調べてみたい。

ニューアーク駅(ニュージャージー(New Jersey)州)
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8月23日(火)15時半頃、予定より30分程度遅れてニューオーリンズのUnion Passenger Terminalに到着した。ホステルまでの足がないので、駅からタクシーで行き、チェックイン後にニューオーリンズの街に出向いた。フレンチクォーターという旧フランス植民地の名残がある地域へ行き、カフェに入ったりバーに行ったりして過ごした。街は全体として若干荒れていて、あまり心地良い雰囲気ではなかった。

Union Passenger Terminalはかなり大きな駅で、さすが発着駅だと思わせる規模だった。発着駅か否かで駅の規模を思いきり変えてしまうところは合理的で無駄なことをしないアメリカらしいと思う。それだけに大都市のみすぼらしい通過駅を見るとがっかりするのだが。

駅から宿泊予定のIndia Houseというホステルまでは足がなかったので、駅前のタクシースタンドからタクシーに乗った。怪しい雰囲気の白タクが堂々と列に並んでいて、係員もそれに乗るよう指示する。できれば選びたかったのだが、順番的に仕方ないと思い、それに乗った。運転手は老齢の黒人で、メーターを回さずにずっと運転している。ぼられているのかどうか気になったのだが、駅から街までいくらというのが決まっているかもしれないと思い、黙って座っていた。確認するのは悪いことではないと思うのだが、こういうとき気が引けてしまう。値段は10ドル丁度だった。次の日の朝にもタクシーでホステルから駅まで行ったところ、メーターで8ドル75セントだったので、相場は合っていたような気もする。

ホステルはIndia Houseというだけあって、エキゾチックな雰囲気を持つ独特の作りだった。中にはプールや鯉の池などがあり、部屋以外で宿泊者がくつろげるスペースがたくさん用意されている。2人以上で来ればなかなか楽しいかもしれない。

India House 外観
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India House 屋内スペース
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ホステルを出た後、歩いてミシシッピ川沿いの中心部まで出向いて行った。中心部に着くときれいに整備されているのだが、そこにたどり着くまでの道は浮浪者とゴミで満たされている。ストリートカーという路面電車を我慢強く待って街に出れば良かったと思った。中心部では先ずフレンチクォーターのCafe du Mondeという歴史あるカフェに行き、カフェオレとベニエという名物セットを頼んだ。即金で支払う必要があると観光客向けウェブサイトに書いてあったが、その通りに請求された。カード払いを断るだけでなく、現金での食後払いさえ受け付けないのは、この街の治安や経済状態を物語っていると思う。

Cafe du Monde
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カフェを出た後はミシシッピ川沿いを散歩した。夕方のミシシッピ川はとても雰囲気が良く、街の雰囲気とは対照的だった。列車で通った川をもう一度陸上から見上げるというのも感慨深いものがあった。途中で蒸気船の乗り場を通ったら、停泊場所で汽笛を使ったジャズ演奏をやっていた。船は普通の蒸気遊覧船なのだろうが、汽笛でジャズをやるというのはこの土地だけの名物なのだと思う。

ミシシッピ川の眺め
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ミシシッピ川遊覧蒸気船
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川を散歩した後はフレンチクォーターに戻り、バーボンストリート(Bourbon Street)という通りに集まっているジャズバー、ブルースバー、ロックバーを一通り歩きながら眺めてみた。ここにはストリップバーのような風俗店も並んでいる。歩いた時間が18時過ぎとまだ早かったので、端まで歩いた後、この時間帯でもライブをやっていた数店のうち、ロックの演奏をしている店に入った。本当はジャズバーに入りたかったのだが、やっていないのだから仕方がない。中に入ると日本人の学生が1人で飲んでいて、その後店を出るまでずっと話していた。学部で地理を専攻していて、卒論執筆に向けてニューオーリンズの被害とその復興状況についてアンケートを取りながら調べているとのこと。自分の卒論の内容を思い起こし、恐縮した。
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21日(日)の14時40分にLos Angeles Union StationからAmtrak Sunset Limited ニューオーリンズ(New Orleans)行きに乗り、車中2泊、合計46時間15分かけてニューオーリンズまで来た。Sunset Limitedはカリフォルニア州、アリゾナ(Arizona)州、ニューメキシコ(New Mexico)州、テキサス(Texas)州を通り、最後にニューオーリンズのあるルイジアナ(Louisiana)州へ入る路線。ほとんどは砂漠地帯で、途中休憩で下車した駅も暑かった。メキシコと国境を接している地域なので、乗客はヒスパニックが多かった。カフェテリアの店員もヒスパニック系で、英語とスペイン語の両方を話す。

Los Angelesを出てからアリゾナ、ニューメキシコ、テキサスを越える辺りまではずっと砂漠が続いていた。冒険映画に出てきそうな雰囲気が見ていて楽しかった。場所は正確に把握できていないのだが、カリフォルニア州の東部に巨大な風車を多く配した風力発電施設があった。風力発電用の風車はクリーンエネルギーのシンボルだが、自然の中にこれだけたくさん建てられてしまうと、自然破壊のようにさえ思える。

カリフォルニア州の風力発電施設
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アリゾナ州の荒野
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夜にテキサス州サンアントニオの駅に停車したので、下車して街の写真を撮った。NBA、San Antonio Spursの本拠地で、以前から興味を持っていた街。機会があればバスケットボールシーズンにきちんと観光で来てみたい。駅はかなり簡素で掘立小屋のような駅舎しかなかったが、その隙間から覗いた街は大都市の様相を呈していて、思ったより大きな街だと感じた。

サンアントニオ駅
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ニューオーリンズ州に入ってからは、これまでの景色とは一転してほとんど水辺を通る形になった。海面からの高度が低いためにハリケーンカトリーナの被害に遭ってしまったのだが、水を湛えた土地の雰囲気はきれいなものだった。特に、ニューオーリンズに入る際に渡ったミシシッピ(Mississippi)川の橋は、川そのものよりかなり前から陸橋が続いていて、乗っていて不思議な感覚があった。

ルイジアナ州の水辺
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ミシシッピ川を渡る橋
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今回の旅程で一番長い時間列車に乗る路線だったが、それなりに飽きさせない景色が続いていて楽しめた。この路線は、砂漠が連想させる冒険的な雰囲気が好きな人はかなり気に入ると思う。ヒスパニックの乗客が話すスペイン語も、アメリカにいながら異国にいるような気持ちにさせられて、不思議な気分を味わえる。
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21日(土)の夜にHostelling International Santa Monicaで1泊し、翌朝ロサンゼルスにいる友人とサンタモニカピアという観光地になっている埠頭で朝食を食べた。その後友人がロサンゼルス市内の方まで送ってくれたので、UCLAの構内を少し歩き、バスと地下鉄を乗り継いでLos Angeles Union Stationまで戻り、14時40分発のAmtrak Sunset Limited ニューオーリンズ(New Orleans)行きに乗った。午前中しかなかったが、泊まったサンタモニカとUCLAを見られたのでよかった。

UCLAはロサンゼルスの明るい青空と大学の広大なキャンパスのコントラストがとてもきれいで、感動的だった。ただ、大学のマスコットである熊の像の写真を撮った後、キャンパスの中心部に行く途中で突然トイレに行きたくなってしまい、一番きれいだと思った場所の写真を取り損ねてしまった。大学グッズを扱っているUCLA Storeというところも日曜日で閉まっていたので、機会があればもう一度来て、写真とグッズを手に入れたい。

UCLAを見学した後にAmtrakの駅までバスと地下鉄を乗り継がないといけなかったのだが、バスのアナウンスが日本ほど親切でない中でどこが乗り換え駅なのか分からず、結局乗り過ごしてしまった。何ブロックか歩く羽目になって、余計な労力を使ってしまった。いつもスマートに交通機関を使いこなしたいと思いながら、なかなかうまくいかない。

サンタモニカピア入口
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UCLA 熊の像
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