カテゴリ:卒業式( 3 )

今日はFletcher Schoolの卒業式だった。朝7時45分に寮の庭に集合し、卒業証書の受け取り順に関する番号札を受け取った後、Champagne Toastという乾杯の儀式を行った。Toast Masterと呼ばれる投票で選ばれた学生の代表2人がスピーチを行った後、皆で乾杯した。

Remarks by Toast Masters
1人目のスピーカーは真面目なことをしっかり話す女の学生で、熱い思いが話に込められていた。ただ、内容的にはFletcher的な左寄りの内容で、少しエキセントリックにも感じた。私の父母はアクティビストで、絶えず権力と戦ってきた。父は労働組合のトップとして・・・といった内容。少し肩の力が入り過ぎだったのではないかと思う。2人目のスピーカーは誰もが認めるお祭り男で、イベントでDJをやったり、イベントがあれば先頭を切って乗り込んでいくような人物。スピーチも笑わせる要素を盛り込んでいて、同じくお祭り男的な人間の名前とエピソードを複数挙げながら、場を盛り上げていた。両極端な2人が話したことでバランスが取れて良かったと思うが、自分としては2人のキャラクターの間を取ったような学生が1人で挨拶をしてくれるぐらいがちょうどよかった。

Tufts Commencement
Champagne Toastの後は、大学全体の卒業式であるTufts Commencementに列を作って入場した。会場はThe Greenと呼ばれる大学の中心部にある芝生のエリアで、大学院であるFletcher Schoolの席は学部生の席の後ろだった。遠くて若干見づらかったが、音はよく響いたので、総長や学部生代表のスピーチ等もよく聞こえた。学部生代表のスピーチは冗談がたくさん盛り込まれていて若さを感じさせたが、それでもあの年で10,000人規模の聴衆を前にスピーチする姿は立派だと思った。さすがアメリカ人はプレゼンテーションやスピーチなど、相手に意思を伝える技術に長けているなと感じた。

Tufts Commencementは、小さいながらも総合大学としての規模を持つ大学の卒業式ということで、なかなか壮観で面白かった。ただ、Fletcher生の態度が他の大学院や学部の学生に比べて悪く、少し恥ずかしい気持ちになった。他の学部・大学院の学生は、自分達のスクールの名前が壇上で呼ばれたときに一旦盛り上がって歓声を挙げたりはするのだが、会の進行を妨げないよう、すぐに止めて静かにしていた。Fletcherにはそれができず、自分達のスクールの名前が呼ばれると立ち上がって歓声を挙げ、その後LL.M、MALD等、それぞれの学位の名前が呼ばれる度にまた立ち上がって歓声を挙げていた。ワーッと言ってすぐ着席すればそれでも良いのだが、Fletcherの名前を連呼するFletcherコールが果てしなく続き、1スクールだけとても浮いた感じになっていた。職務経験を要する大学院なので、年齢的にはTuftsの中で一番高いはずなのだが、やっていることは学部生より大人げなかった。Fletcher生のキャラクターが元来子供だからなのか、Champagneを朝から煽ったからなのかは分からない。もしかするとその両方が原因かもしれない。

Fletcher Commencement
Tufts Commencementの後は、前日にFletcher Class Dayが行われたテントでFletcher Schoolとしての卒業式のために移動した。朝集合した寮の庭にもう一度集合し、事前に受け取っていた卒業証書の受領順が書かれた番号順に並び、テントの後方中央から2列になって入場した。卒業式では卒業証書の授与がメインになるため、重要なイベントは前日のFletcher Class Dayの際に行われていたのだが、この日はTeaching Awardの授与と卒業生の中から立候補して投票で選ばれた2名によるスピーチが予定されていたので、それぞれに楽しみにしていた。

Teaching Award
Teaching Awardを受賞したのは、自分が修士論文執筆のアドバイザーとしてお世話になった経済学のProfessor Lawrence Krohn。Professor Krohnは、ColumbiaでPh.D.を取得した後、ING、Lehman Brothers、UBS等でエコノミストを務め、Fletcherの教職からアカデミアの世界に戻ってきた実務系の経済学者。FletcherではIntroduction to Economic TheoryやInternational Finance等を教えている。Teaching Awardは学生の投票により年一回選ばれる賞であるため、学生の代表が受賞者の発表と選定理由を壇上で説明した。説明は、理論と実践の両方に精通し、非常に我慢強く、熱心に経済学に疎い学生の指導を行ったというもの。これには自分も同感だった。

Fletcherは法律と外交に特化した大学院として成立したので、経済学の重要性に対する認識がずっと低かった。Harvard Kennedy Schoolに合格した出願者が、経済学が苦手だからという理由でFletcherに進学することもある。International Financeの授業では、2回目の試験の結果に驚き、「この中に経済学の未修者はどのくらいいる?履修者の点数の分布から成績を付けるが、良かったからといって安心するな。就職活動ではJohns Hopkinsや他の大学院の学生と競争しなければならないんだぞ。」と言ったほどだ。そんな中で学生の経済学に対する理解にがっかりしつつも、懇切丁寧に授業や質問対応を行っていた。教授は我慢強い性格故に、斜に構えた学生からからかい半分の質問を受けることがあったのだが、そのときも丁寧に回答しようと努めていた。アメリカ人にもこんなに我慢強く誠実な人がいるのかと驚いたほどだ。

そして何より、教授は自分の拙い論文を丁寧に読み込み、指導してくれた人物だ。セルフチェックだけして提出した一次稿では英文表現について驚かせてしまったが、その後も忙しい中でフォローアップし、最終的にAの評価をくれた。もちろん教授自身が忙しさにかまけてレビューを失念していた期間もあったのだが、何とか公表しても大丈夫な水準になるよう、愛のあるダメ出しをしてくれた。文章の再チェックをして修正するプロセスは楽しいものではなかったが、はっきりと良い悪いを言ってくれたお陰で最終的に読めるレベルの内容になったと思う。しかも、色々と言い過ぎてこちらが意気消沈していると思ったのか、Fletcher Class Day CeremonyのFaculty入場の際には行進中に自分を見つけ、にっこりとウィンクしながら口パクで"Kohei, great writing!"と言ってくれた。今日も、Tufts CommencementのときにはFletcherの学生が入場するルートに立ち、関係のある学生と名前を呼びながら握手していた。そして、自分が卒業証書を壇上で受領するときも、にっこりと笑って名前を呼びながら、固く握手してくれた。自分を筆頭に能力の足りない学生を相手にするのはとても大変だったとは思うが、最後まで辛抱強く相手をしてくれたことに感謝している。本当にありがとうございました。

Remarks by Graduating Students
Teaching Awardの授賞式の後は、学年の代表者2名によるスピーチがあった。1人はコロンビア人のノンネイティブの学生で、自分が英語について苦労したこと等を挙げながら、Fletcherでの2年間を振り返った。スピーチの中ではCollaborationという言葉を強調し、Fletcherの学生同士が卒業しても繋がり、協力し合いながら大きなことを成し遂げようと言った。ラテン系の学生によるFiesta Latinaというイベントの代表として活動したり、Fletcher Futbolというサッカーチームをキャプテンとして準優勝に導いたりした人物なので、この学生からCollaborationという言葉を聞くと説得力がある。また、ノンネイティブでないながら勇気を持ってスピーチを行う姿勢は、日本人も見習わないといけない。英語の拙さをスピーチ内の冗談に入れつつも、堂々と自分の思いを聴衆に向けて発信していた。

もう1人のスピーカーは、残念ながら自分がよく知らない学生だったが、非常に密度が濃く、印象深い内容だった。スリランカ人の学生が運営するNGOを例に挙げ、Fletcherはスリランカ全体の教育を考え、推進する学生を擁する大学院であると述べ、個々の学生が行った活動を踏まえて卒業生の今後の社会における活動を鼓舞するメッセージが込められていた。また、Sacrificeという言葉を用いて自己犠牲を伴う協業の価値を説いていた。スピーカーは、学生が主体となって発行する学術誌の編集者でもあることからとても真面目な学生で、最後に自分のスピーチは冗談を欠いたものであり申し訳ないと言っていた。聴いている側からするともちろんそんなことはなく、こうした学生から真摯なメッセージを得られたことがとても良い刺激になった。日本人の卒業生も、いつまでも50年前に在籍した元国連事務局次長の明石康氏が、Fletcherの代表的なOBとして例に挙げられているようでは駄目だと思う。彼が言うように、Fletcherのアカデミックな面とプラクティカルな面を併せ持つ人材として、国際社会で認められる日本人を輩出していなかなければならないし、自分もその一員になるべく努力しないといけないと感じた。

Presentation of Diplomas
スピーチの後は、200人超の学生に対する卒業証書の授与があった。この儀式はただ壇上に上がり、卒業証書を学長から受け取り、学長と写真を撮るだけのものなのだが、自分の順番が来ると妙に緊張した。ただ歩いて握手するだけの行為にしては緊張し過ぎだった。印象深かったのは、自分が証書を受け取ったことよりも、家族と一緒に写真に壇上に上がった卒業生数人を見たことだった。小さい子供を連れて壇上に上がった卒業生の姿はとても微笑ましく、見ていて温かい気持ちになった。出産間近、生まれたという話を聞いていた学生の子供を2人壇上で見ることができたので、感慨深かった。Ph.D.を取得した学生の中に、軍人でミッションに参加しているため本人が式に参加できないというケースがあった。奥さんとガウンを着た女の子が壇上に代わりに上がって証書を受領したのだが、父親が危険な任務に就いているであろうという事実を知る寂しさと、女の子が父親の代わりにガウンを着ている微笑ましさが入り交じって、少し複雑な気持ちになった。

Tufts Commencement: Fletcher School卒業生の座席から
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Fletcher Commencement: 任務中の父親に代わってPh.D.のDiplomaを受領する母娘
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by UbuntuK | 2012-05-21 06:48 | 卒業式
今日はFletcher Class Day Ceremonyという卒業式の前日に行うイベントの日だった。内容は1、2年生の成績優秀者、最優秀博士論文受賞者に対する賞の授与、ゲストスピーカーによる講演、Dean's MedalというFletcherから関連分野の功労者に対するメダルの授与と講演等だった。

Remarks by Professor Jenny Aker
最初の講演ではJenny Akerという計量経済学の教授によるスピーチがあった。正式なスケジュールではFletcherの卒業生の代表者が講演することになっていたのだが、本人が急遽式典に参加できなくなったとのことで、代打でこの教授によるスピーチが行われることになったそうだ。教授はUC BerkeleyでPh.D.を取得したのだが、MasterがFletcherということで、卒業生にとってとても親近感のある人物だ。そういう意味では代打として適任以上の役割を果たしたと思う。スピーチの冒頭では、「金曜日の午後に学長から電話をもらって急遽スピーチすることになった。私がここに呼ばれたのは名字がAから始まり、教職員リストの一番最初にあって片っ端から掛ける中の1番目だったからだろう。」という話をし、学生の笑いを誘っていた。そういう事情はあるにせよ、スピーチの内容は今日の講演者の中で一番良かったと思う。教授はUC Berkeleyの博士課程に移る前の経験にフォーカスを当て、「博士課程に移ってからはフィールドと切り離されているが、自分もFletcherを出た後はNGO等の仕事でフィールドに出て仕事をしていた。皆さんが受け取る卒業証書には同じことが書かれているが、今後社会に出て行う仕事は皆多様だ。今、自分の周囲の学生を見渡し、多様な卒業生達と今後も繋がっていってほしい。」と話した。Fletcher卒業生の立場として語ってくれたことで、とても身にしみる内容になっていた。教授のスピーチが終わった後、学生による長いスタンディングオベーションがあった。

Edward R. Murrow Award of Public Diplomacy
次の講演者は、Public Diplomacyの賞をFletcherから受けた、米国国務省アフリカ局の公共外交部門に所属するDavid Bruce Whartonという人で、卒業して社会生活を送っていく上で大切なことは2点あると言った。そのうちの1点は感謝で、Gratitudeの気持ちを持つことは何物にも代え難く重要だと言っていた。自分もこれは本当だと思う。感謝の気持ちを常に持ち、持つだけでなくそれを具体的に相手に伝えることが重要だと思う。卒業生の視点に立ち、意味ある言葉を投げかけようという意図が伝わり、良いスピーチだと感じた。

Prizes to Outstanding Students
2人のスピーチが終わったところで、1年生と2年生の成績優秀者に対する表彰が行われた。1年生は1名、2年生は2名が受賞者だったが、顔と名前を知っていたのは2年生2名のうちの片方だけだった。もう片方は、多分外交や政治等、自分にあまり馴染みのない分野を専攻していた学生だったのだと思う。知っていた方の2年生は、大学からアメリカで教育を受けたドイツ人の女の学生だった。できれば自分がよく知っているFinanceのクラスでTAをやっていた学生に取ってもらいたかったが、一つB+を取っちゃったし、A-もあるから駄目だよと学期終了後に言っていた。1学年は200人いるので、自分がよく知っている学生が受賞できるとは限らないのは仕方ないことだが、あまり馴染みのない学生の受賞だったので、自分としては少し残念だった。

Dean's Medal
Class Day Ceremonyの最後は、Dean's Medalの授賞式と受賞者によるスピーチが行われた。今年度の受賞者はアメリカ外交評議会議長のRichard Haassという人。自分はこの人を良く知らなかったのだが、周囲の人に聞くと、外交界ではとても有名な人物のようだ。スピーチの内容は、米国が今後世界でプレゼンスを発揮していくために必要なことに関するものだった。Haass氏は米国に必要なものとして経済、教育等の3点を挙げ、それぞれに説明していた。教育については、アメリカの大学教育は世界でも有数のレベルにあるが、高校までの12年間はひどいものであると言っていた。日本の教育は高校までは素晴らしいが、大学で失速するという認識が共有されているが、米国でも同様に初等中等教育が危惧されていることを認識し、興味深く感じた。教育に関する問題意識という点は面白く感じたが、スピーチの内容を総合すると、あまり良いものではなかったように思う。Fletcherという様々な国籍の学生が在籍する場で、敢えて米国の世界における地位について熱心に語るのは独善的だったし、スピーチの中に卒業生に向けての言葉が一切入っていなかったことも興味を失わせた。卒業式の場で、しかもFletcherの卒業式の場で行うスピーチではなかったように思う。

Fletcher Class Day
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by UbuntuK | 2012-05-20 04:49 | 卒業式
今日は卒業式の練習の日だった。この年になって練習をするというのに違和感があったのだが、行ってみると確かに注意事項の説明と一緒に練習というものがあった。練習の方は実際にやってみないと分からなかったので、あってよかったと思う。一方で注意事項の説明の方は小学生をなだめすかして行うようなプロセスで、びっくりした。

卒業式の注意事項説明と練習は3時間予定されていて、集合時間は9時15分だった。いつもまともに集まらない学生がきちんと来るのか疑っていたのだが、ASEAN AuditoriumというFletcherのホールに入ってみると、100人超規模の学生が勢揃いしていた。遅れて入ってくる学生も少なかったので、都合が付かなかった学生以外は皆きちんと出席したようだった。他のイベントだとこのようなことは起きないと思うのだが、卒業式という開放感と楽しさに満ちたイベントになると、皆自主的に早く来るようだ。

集合の正確さにも驚いたのだが、Registrar's Officeという大学院の全カリキュラムの担当者と学生事務統括Deanの2人が卒業式のスケジュールについて説明し始めたときにはもっと驚いた。普通は卒業式のスケジュールと服装やプロセスについての説明をして終わりなのだが、それを2人がクイズ形式で行い、手を挙げて正解した学生にはFletcherのマグカップと写真立てを賞品として渡すというイベントになっていた。質問は、「明日の集合時間はなーんじだ?」、「明後日の服装はなーんだ?」といったようなもので、バカにされているのかと思った。

でも実際は学生全員がスーツか制服で来る日に200人中一人だけがガウンを着ているとだいぶ気まずい感じになるし、卒業式の開始時間に全体の6割程度しか集まっていない等となれば、場の雰囲気が相当悪くなるだろう。そういう意味で、プロセスよりも結果を重視したこのやり方は一番良いのかもしれない。本来は学生が卒業式の案内文書をきちんと読み、皆が細かな誤りなく時間通りに所定の場所に集合すべきなのだが、それに期待したり、事務的な説明だけでその流れを済ませてしまうと、予期せぬ失敗が起きてしまうかもしれない。

卒業時平均年齢29歳の学生がこのような形で説明を受けるのは屈辱的な感じもするが、お陰で自分も卒業式の詳細が頭に入った。実際、1日目のFletcher Class Day Ceremonyと2日目のCommencementと呼ばれる正式な卒業式のうち、2日目については7時45分のChampagne Toastという乾杯の儀式はサボって、11時の卒業式前に行けば良いかなと思っていたのだが、Champagne Toastの際に証書受け取りの順番が書かれたナンバーカードを渡すとのことで、それに欠席すると卒業式本番でかなり混乱してしまったかもしれない。このことは案内文書に書かれていなかったので、クイズ形式で頭に入れておいてよかった。

卒業式の練習では、入場の仕方と証書受領時の歩行ルートについて練習した。これは実際にやらなければ分からなかったことなので、やっておいて良かったと思う。学生は何人もいるので、普通は後に付いていけば問題ないのではあるが、仮に自分が列の一番端になったときは、自分でルートを作って歩かないといけない。そういう低い確率ながらも何となく不安が残る事柄について冷や汗をかかずに済むという意味で、練習しておいてよかったと思う。それにしても、日本では仮装大賞でしか見ないようなあのガウンと角帽を被るのは、あまり気乗りがしない。
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by UbuntuK | 2012-05-19 06:46 | 卒業式
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