留学前から約2年半に亘って書いてきたこのブログも、ついにこの投稿で終了です。これまで約17,500件のアクセスを頂きました。特に面白い言い回しを使う訳でもなく、日々の出来事を淡々と書くだけのブログでしたが、辛抱強く読んでくださってありがとうございました。少々忙しくなったときに投稿が滞ったことが何度もあったのですが、日々のアクセス数を確認する度、読んでくれている人がいるのだから頑張って書こうという気持ちを持つことができました。

Fletcherで学んだことは自分にとってとても貴重なものになりました。経済の授業では為替や金利の決定システムを深堀りすることができましたし、ファイナンスの授業では教授から何とかAをもぎ取るために努力したことが報われ、喜ぶことができました。一方で、日々の授業や修士論文の執筆課程では、自分の語学力や表現力、度胸といったものの不足に最後まで悩まされました。この2年間で修士レベルの学問的知識や語学能力は完璧になったとは言えません。

ある方から卒業報告メールの返信として、「1-2年の短期留学程度では、何か大きなものを得ることはできない。大事なのは今後勉強を継続することであり、今回の留学はそのきっかけに過ぎないのではないか。」という言葉を頂きました。2年間で大きな知的財産を築ければそれに越したことはないのですが、この方のおっしゃったことが修士取得のための留学として適当な評価なのだと思います。

今回のFletcherへの留学で確認できた自分の関心分野については、今後も勉強を続けていこうと思います。特に、世界の経済・金融情勢を理論に基づいてリアルタイム分析するという作業は、継続することで力がついていくと考えています。2年間で高められた英語のリテラシーを用いて、留学前は苦労して読んだFinancial Timesや、触れることを避けていた英語の論文等にも積極的に当たっていきたいと思います。また、今後は仕事に専念しますが、長期的なキャリアの中でもし1-2年猶予が得られれば、Executive MBAやMaster in Financeのプログラムに進み、そこで集中的に学術的な研鑽を積みたいと考えています。

アメリカの大学では卒業式をCommencement(始まり)と呼びますが、卒業が終わりではなく始まりであるという意味はとても正しいと思います。卒業生が大学で得た経験と知識を活かして社会の各分野で活躍することが大学教育の目的であり、それができるかできないかで受けた教育の価値が如何様にも変わるはずです。Fletcherに行っても、アメリカの大学院に留学しても意味が無かったとならないよう、今後Fletcherで履修したカリキュラムと仕事の内容を繋げて自分を成長させていきたいと思います。

このブログはこの投稿で終了しますが、国際関係大学院への進学、特にFletcher Schoolを検討への進学を検討されている皆様のためにアカウントは残しておく予定です。このブログに記載された記事が皆様のお役に少しでも立てば大変光栄です。マサチューセッツ州メドフォード市の気温は20度、風はあいにく微風です。ブログのタイトルのように風が強く吹く人生となるよう、今後努力していきたいと思います。
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# by UbuntuK | 2012-05-31 12:32
帰国を前に、これまで一度は行っておこうと思いながら延ばし延ばしになっていたボストン美術館へ行ってきた。ボストン美術館は日本との縁が強い美術館で、明治時代に岡倉天心の尽力で日本美術が数多く紹介されてきたそう。色々と日本美術を見られればと思って出かけてみたのだが、実際のところそれほど日本またはアジアの美術品はなかった。土地柄的にアメリカ大陸の美術や植民地時代のニューイングランドの作品が多く、日本美術の作品は期間限定の個展のようなところで紹介されている程度だった。

全体の作品群の中では、近代のアメリカ人画家の作品が良かった。特にアメリカの印象派的なタッチで描いているものは、都会や田舎の風景を描いたヨーロッパの印象派の作品よりも背景に自然が多く用いられていて、当時のアメリカの雰囲気を感じ取ることができた。アメリカはほぼ全土が既に近代化されているが、自然と人間が一体となって暮らしていた頃の風景がヨーロッパの風景と対照的で、新しい感動を観る人に与えると思う。誰が描いたものだったかをきちんとチェックしておけば良かった。インターネットで調べれば出てくると思うので、時間があるときにチェックしてみるようにしたい。

Boston Museum of Fine Arts 玄関
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卒業式から帰国日までの期間にやり残したボストン観光をやり切ってしまおうということで、今日はBoston Red Soxの試合を観に行ってきた。これまでSeattle Mariners、New York Mets、Yankeesの試合を観に行ったことはあったのだが、肝心のRed Soxの試合を観ないまま2年間を過ごしてしまったので、最後のチャンスだと思ってチケットを取った。試合は日曜日のデーゲームで若干暑かったが、家族連れなどで来ているファンの雰囲気が心地よく、ナイトゲームよりも格段に楽しめたと思う。

対戦相手はTampa Bay Raysで、メジャーリーグにしてはかなりの低得点ゲームだった。6回まではRays 1-0 Red Soxで、高校野球のような早いテンポで試合が進んでいった。RaysのHellicksonというピッチャーが良く、ス70%の確率でストライクを取ってポンポンとアウトを取っていた。三振は少なかったのだが、Red Soxの打者がかなりの割合で浅いフライを打ち上げてしまい、ほとんど得点圏にランナーを進められなかった。7回表にRaysに追加点を与えられて0-2となったが、7回裏に突然Hellicksonの調子が崩れ、フォアボールとヒットで1、2塁とした後、Gonzalezがグリーンモンスターのポール際を越えるホームランを打ち、3-2と逆転した。Hellicksonは続投したのだが、制球が乱れてしまい、途中で交代した。

9回表までは3-2のまま進んだので、このまま勝てると思ったのだが、登板したストッパーのAcevesがフォアボールの後にグリーンモンスター越えのホームランを浴びてしまい、3-4と逆転されてそのまま負けてしまった。Red Soxの勝ちゲームを観られなかったのは残念だが、打線の状態を見るとRaysの方が完全に上回っていたので、必然の結果のように思えた。1チャンスで3点を取ったRed Soxがそのまま逃げ切れればうまく逃げ切ったという結果になったのだが、そうもいかなかった。Red Soxはこの試合で負け越し、American Leagueの最下位継続ということになった。皆強いRed Soxのイメージを持っているし、低迷してもスタンドを満員にする人気を維持しているので、何とかがんばって復活してほしい。

今日の試合で一番良かったと感じたのは、敵チームではあるのだが、Rays先発のHellicksonだった。ラフなセットアップポジションから投球するのだが、ストレートが十分に速いし、制球も良い。6回まではほぼパーフェクトなピッチングだった。Raysの逆転勝ちだったので勝ち負けは付かなかったが、ずっと良いピッチングをしていた分、7回のホームランとその後の制球の乱れを悔やんだと思う。監督から交代を告げられてダグアウトに下がるときに、空を見上げて頬を膨らませながらため息をついている姿に悔しさがにじみ出ていた。調べてみると、この選手は高卒でRaysのファームに入り、前年にメジャーに昇格してアメリカンリーグの新人王を獲得した選手とのことだった。メジャー昇格までに長い期間を要したピッチャーで、今25歳とのことで、今後活躍を続けてほしいと思った。

帰国前ギリギリで何とかRed Soxの試合を観ることができた。Bostonにはアメリカの四大プロスポーツ全てのチームがある希有な都市で、スポーツを観るにはとても良い。MLBが最後の最後になってしまったが、これまでにMBAのBoston Celtics、NFLのNew England Patriots、NHLのBoston Bruinsの試合を観ることができた。全部の試合を観てみて、スタジアムで観戦する価値のあるスポーツは順に①野球、②バスケットボール、③ホッケー、④アメリカンフットボールだと思った。野球は日本のスタジアムよりもフィールドとの距離が近く、スタジアムの一体感とプレーの臨場感を感じやすい。バスケットボールもゲームとファンの熱気が十分に伝わって楽しい。ホッケーはパックの動きが追いづらく、ゴール前で絶えずもみ合いになるため、ゴールのシーンが判別しづらく、あまり盛り上がれない。アメリカンフットボールはスタジアムが大きい上にボールに相当な人数が群がるので、ボールの動きが追いづらく、一つ一つのプレーで10ヤード進んだのかどうかがスタジアムでは識別できない。野球とバスケットボール以外はテレビで観た方が面白いと思う。1回ぐらいは経験として観に行ってみるのもいいと思うが、熱心に通いたくなるほどスタジアムでの感動は得られない。

Fenway Park: 外周道路
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Fenway Park: ライトスタンドから眺めるダイヤモンド
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今日はFletcher Schoolの卒業式だった。朝7時45分に寮の庭に集合し、卒業証書の受け取り順に関する番号札を受け取った後、Champagne Toastという乾杯の儀式を行った。Toast Masterと呼ばれる投票で選ばれた学生の代表2人がスピーチを行った後、皆で乾杯した。

Remarks by Toast Masters
1人目のスピーカーは真面目なことをしっかり話す女の学生で、熱い思いが話に込められていた。ただ、内容的にはFletcher的な左寄りの内容で、少しエキセントリックにも感じた。私の父母はアクティビストで、絶えず権力と戦ってきた。父は労働組合のトップとして・・・といった内容。少し肩の力が入り過ぎだったのではないかと思う。2人目のスピーカーは誰もが認めるお祭り男で、イベントでDJをやったり、イベントがあれば先頭を切って乗り込んでいくような人物。スピーチも笑わせる要素を盛り込んでいて、同じくお祭り男的な人間の名前とエピソードを複数挙げながら、場を盛り上げていた。両極端な2人が話したことでバランスが取れて良かったと思うが、自分としては2人のキャラクターの間を取ったような学生が1人で挨拶をしてくれるぐらいがちょうどよかった。

Tufts Commencement
Champagne Toastの後は、大学全体の卒業式であるTufts Commencementに列を作って入場した。会場はThe Greenと呼ばれる大学の中心部にある芝生のエリアで、大学院であるFletcher Schoolの席は学部生の席の後ろだった。遠くて若干見づらかったが、音はよく響いたので、総長や学部生代表のスピーチ等もよく聞こえた。学部生代表のスピーチは冗談がたくさん盛り込まれていて若さを感じさせたが、それでもあの年で10,000人規模の聴衆を前にスピーチする姿は立派だと思った。さすがアメリカ人はプレゼンテーションやスピーチなど、相手に意思を伝える技術に長けているなと感じた。

Tufts Commencementは、小さいながらも総合大学としての規模を持つ大学の卒業式ということで、なかなか壮観で面白かった。ただ、Fletcher生の態度が他の大学院や学部の学生に比べて悪く、少し恥ずかしい気持ちになった。他の学部・大学院の学生は、自分達のスクールの名前が壇上で呼ばれたときに一旦盛り上がって歓声を挙げたりはするのだが、会の進行を妨げないよう、すぐに止めて静かにしていた。Fletcherにはそれができず、自分達のスクールの名前が呼ばれると立ち上がって歓声を挙げ、その後LL.M、MALD等、それぞれの学位の名前が呼ばれる度にまた立ち上がって歓声を挙げていた。ワーッと言ってすぐ着席すればそれでも良いのだが、Fletcherの名前を連呼するFletcherコールが果てしなく続き、1スクールだけとても浮いた感じになっていた。職務経験を要する大学院なので、年齢的にはTuftsの中で一番高いはずなのだが、やっていることは学部生より大人げなかった。Fletcher生のキャラクターが元来子供だからなのか、Champagneを朝から煽ったからなのかは分からない。もしかするとその両方が原因かもしれない。

Fletcher Commencement
Tufts Commencementの後は、前日にFletcher Class Dayが行われたテントでFletcher Schoolとしての卒業式のために移動した。朝集合した寮の庭にもう一度集合し、事前に受け取っていた卒業証書の受領順が書かれた番号順に並び、テントの後方中央から2列になって入場した。卒業式では卒業証書の授与がメインになるため、重要なイベントは前日のFletcher Class Dayの際に行われていたのだが、この日はTeaching Awardの授与と卒業生の中から立候補して投票で選ばれた2名によるスピーチが予定されていたので、それぞれに楽しみにしていた。

Teaching Award
Teaching Awardを受賞したのは、自分が修士論文執筆のアドバイザーとしてお世話になった経済学のProfessor Lawrence Krohn。Professor Krohnは、ColumbiaでPh.D.を取得した後、ING、Lehman Brothers、UBS等でエコノミストを務め、Fletcherの教職からアカデミアの世界に戻ってきた実務系の経済学者。FletcherではIntroduction to Economic TheoryやInternational Finance等を教えている。Teaching Awardは学生の投票により年一回選ばれる賞であるため、学生の代表が受賞者の発表と選定理由を壇上で説明した。説明は、理論と実践の両方に精通し、非常に我慢強く、熱心に経済学に疎い学生の指導を行ったというもの。これには自分も同感だった。

Fletcherは法律と外交に特化した大学院として成立したので、経済学の重要性に対する認識がずっと低かった。Harvard Kennedy Schoolに合格した出願者が、経済学が苦手だからという理由でFletcherに進学することもある。International Financeの授業では、2回目の試験の結果に驚き、「この中に経済学の未修者はどのくらいいる?履修者の点数の分布から成績を付けるが、良かったからといって安心するな。就職活動ではJohns Hopkinsや他の大学院の学生と競争しなければならないんだぞ。」と言ったほどだ。そんな中で学生の経済学に対する理解にがっかりしつつも、懇切丁寧に授業や質問対応を行っていた。教授は我慢強い性格故に、斜に構えた学生からからかい半分の質問を受けることがあったのだが、そのときも丁寧に回答しようと努めていた。アメリカ人にもこんなに我慢強く誠実な人がいるのかと驚いたほどだ。

そして何より、教授は自分の拙い論文を丁寧に読み込み、指導してくれた人物だ。セルフチェックだけして提出した一次稿では英文表現について驚かせてしまったが、その後も忙しい中でフォローアップし、最終的にAの評価をくれた。もちろん教授自身が忙しさにかまけてレビューを失念していた期間もあったのだが、何とか公表しても大丈夫な水準になるよう、愛のあるダメ出しをしてくれた。文章の再チェックをして修正するプロセスは楽しいものではなかったが、はっきりと良い悪いを言ってくれたお陰で最終的に読めるレベルの内容になったと思う。しかも、色々と言い過ぎてこちらが意気消沈していると思ったのか、Fletcher Class Day CeremonyのFaculty入場の際には行進中に自分を見つけ、にっこりとウィンクしながら口パクで"Kohei, great writing!"と言ってくれた。今日も、Tufts CommencementのときにはFletcherの学生が入場するルートに立ち、関係のある学生と名前を呼びながら握手していた。そして、自分が卒業証書を壇上で受領するときも、にっこりと笑って名前を呼びながら、固く握手してくれた。自分を筆頭に能力の足りない学生を相手にするのはとても大変だったとは思うが、最後まで辛抱強く相手をしてくれたことに感謝している。本当にありがとうございました。

Remarks by Graduating Students
Teaching Awardの授賞式の後は、学年の代表者2名によるスピーチがあった。1人はコロンビア人のノンネイティブの学生で、自分が英語について苦労したこと等を挙げながら、Fletcherでの2年間を振り返った。スピーチの中ではCollaborationという言葉を強調し、Fletcherの学生同士が卒業しても繋がり、協力し合いながら大きなことを成し遂げようと言った。ラテン系の学生によるFiesta Latinaというイベントの代表として活動したり、Fletcher Futbolというサッカーチームをキャプテンとして準優勝に導いたりした人物なので、この学生からCollaborationという言葉を聞くと説得力がある。また、ノンネイティブでないながら勇気を持ってスピーチを行う姿勢は、日本人も見習わないといけない。英語の拙さをスピーチ内の冗談に入れつつも、堂々と自分の思いを聴衆に向けて発信していた。

もう1人のスピーカーは、残念ながら自分がよく知らない学生だったが、非常に密度が濃く、印象深い内容だった。スリランカ人の学生が運営するNGOを例に挙げ、Fletcherはスリランカ全体の教育を考え、推進する学生を擁する大学院であると述べ、個々の学生が行った活動を踏まえて卒業生の今後の社会における活動を鼓舞するメッセージが込められていた。また、Sacrificeという言葉を用いて自己犠牲を伴う協業の価値を説いていた。スピーカーは、学生が主体となって発行する学術誌の編集者でもあることからとても真面目な学生で、最後に自分のスピーチは冗談を欠いたものであり申し訳ないと言っていた。聴いている側からするともちろんそんなことはなく、こうした学生から真摯なメッセージを得られたことがとても良い刺激になった。日本人の卒業生も、いつまでも50年前に在籍した元国連事務局次長の明石康氏が、Fletcherの代表的なOBとして例に挙げられているようでは駄目だと思う。彼が言うように、Fletcherのアカデミックな面とプラクティカルな面を併せ持つ人材として、国際社会で認められる日本人を輩出していなかなければならないし、自分もその一員になるべく努力しないといけないと感じた。

Presentation of Diplomas
スピーチの後は、200人超の学生に対する卒業証書の授与があった。この儀式はただ壇上に上がり、卒業証書を学長から受け取り、学長と写真を撮るだけのものなのだが、自分の順番が来ると妙に緊張した。ただ歩いて握手するだけの行為にしては緊張し過ぎだった。印象深かったのは、自分が証書を受け取ったことよりも、家族と一緒に写真に壇上に上がった卒業生数人を見たことだった。小さい子供を連れて壇上に上がった卒業生の姿はとても微笑ましく、見ていて温かい気持ちになった。出産間近、生まれたという話を聞いていた学生の子供を2人壇上で見ることができたので、感慨深かった。Ph.D.を取得した学生の中に、軍人でミッションに参加しているため本人が式に参加できないというケースがあった。奥さんとガウンを着た女の子が壇上に代わりに上がって証書を受領したのだが、父親が危険な任務に就いているであろうという事実を知る寂しさと、女の子が父親の代わりにガウンを着ている微笑ましさが入り交じって、少し複雑な気持ちになった。

Tufts Commencement: Fletcher School卒業生の座席から
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Fletcher Commencement: 任務中の父親に代わってPh.D.のDiplomaを受領する母娘
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# by UbuntuK | 2012-05-21 06:48 | 卒業式
今日はFletcher Class Day Ceremonyという卒業式の前日に行うイベントの日だった。内容は1、2年生の成績優秀者、最優秀博士論文受賞者に対する賞の授与、ゲストスピーカーによる講演、Dean's MedalというFletcherから関連分野の功労者に対するメダルの授与と講演等だった。

Remarks by Professor Jenny Aker
最初の講演ではJenny Akerという計量経済学の教授によるスピーチがあった。正式なスケジュールではFletcherの卒業生の代表者が講演することになっていたのだが、本人が急遽式典に参加できなくなったとのことで、代打でこの教授によるスピーチが行われることになったそうだ。教授はUC BerkeleyでPh.D.を取得したのだが、MasterがFletcherということで、卒業生にとってとても親近感のある人物だ。そういう意味では代打として適任以上の役割を果たしたと思う。スピーチの冒頭では、「金曜日の午後に学長から電話をもらって急遽スピーチすることになった。私がここに呼ばれたのは名字がAから始まり、教職員リストの一番最初にあって片っ端から掛ける中の1番目だったからだろう。」という話をし、学生の笑いを誘っていた。そういう事情はあるにせよ、スピーチの内容は今日の講演者の中で一番良かったと思う。教授はUC Berkeleyの博士課程に移る前の経験にフォーカスを当て、「博士課程に移ってからはフィールドと切り離されているが、自分もFletcherを出た後はNGO等の仕事でフィールドに出て仕事をしていた。皆さんが受け取る卒業証書には同じことが書かれているが、今後社会に出て行う仕事は皆多様だ。今、自分の周囲の学生を見渡し、多様な卒業生達と今後も繋がっていってほしい。」と話した。Fletcher卒業生の立場として語ってくれたことで、とても身にしみる内容になっていた。教授のスピーチが終わった後、学生による長いスタンディングオベーションがあった。

Edward R. Murrow Award of Public Diplomacy
次の講演者は、Public Diplomacyの賞をFletcherから受けた、米国国務省アフリカ局の公共外交部門に所属するDavid Bruce Whartonという人で、卒業して社会生活を送っていく上で大切なことは2点あると言った。そのうちの1点は感謝で、Gratitudeの気持ちを持つことは何物にも代え難く重要だと言っていた。自分もこれは本当だと思う。感謝の気持ちを常に持ち、持つだけでなくそれを具体的に相手に伝えることが重要だと思う。卒業生の視点に立ち、意味ある言葉を投げかけようという意図が伝わり、良いスピーチだと感じた。

Prizes to Outstanding Students
2人のスピーチが終わったところで、1年生と2年生の成績優秀者に対する表彰が行われた。1年生は1名、2年生は2名が受賞者だったが、顔と名前を知っていたのは2年生2名のうちの片方だけだった。もう片方は、多分外交や政治等、自分にあまり馴染みのない分野を専攻していた学生だったのだと思う。知っていた方の2年生は、大学からアメリカで教育を受けたドイツ人の女の学生だった。できれば自分がよく知っているFinanceのクラスでTAをやっていた学生に取ってもらいたかったが、一つB+を取っちゃったし、A-もあるから駄目だよと学期終了後に言っていた。1学年は200人いるので、自分がよく知っている学生が受賞できるとは限らないのは仕方ないことだが、あまり馴染みのない学生の受賞だったので、自分としては少し残念だった。

Dean's Medal
Class Day Ceremonyの最後は、Dean's Medalの授賞式と受賞者によるスピーチが行われた。今年度の受賞者はアメリカ外交評議会議長のRichard Haassという人。自分はこの人を良く知らなかったのだが、周囲の人に聞くと、外交界ではとても有名な人物のようだ。スピーチの内容は、米国が今後世界でプレゼンスを発揮していくために必要なことに関するものだった。Haass氏は米国に必要なものとして経済、教育等の3点を挙げ、それぞれに説明していた。教育については、アメリカの大学教育は世界でも有数のレベルにあるが、高校までの12年間はひどいものであると言っていた。日本の教育は高校までは素晴らしいが、大学で失速するという認識が共有されているが、米国でも同様に初等中等教育が危惧されていることを認識し、興味深く感じた。教育に関する問題意識という点は面白く感じたが、スピーチの内容を総合すると、あまり良いものではなかったように思う。Fletcherという様々な国籍の学生が在籍する場で、敢えて米国の世界における地位について熱心に語るのは独善的だったし、スピーチの中に卒業生に向けての言葉が一切入っていなかったことも興味を失わせた。卒業式の場で、しかもFletcherの卒業式の場で行うスピーチではなかったように思う。

Fletcher Class Day
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# by UbuntuK | 2012-05-20 04:49 | 卒業式
今日は卒業式の練習の日だった。この年になって練習をするというのに違和感があったのだが、行ってみると確かに注意事項の説明と一緒に練習というものがあった。練習の方は実際にやってみないと分からなかったので、あってよかったと思う。一方で注意事項の説明の方は小学生をなだめすかして行うようなプロセスで、びっくりした。

卒業式の注意事項説明と練習は3時間予定されていて、集合時間は9時15分だった。いつもまともに集まらない学生がきちんと来るのか疑っていたのだが、ASEAN AuditoriumというFletcherのホールに入ってみると、100人超規模の学生が勢揃いしていた。遅れて入ってくる学生も少なかったので、都合が付かなかった学生以外は皆きちんと出席したようだった。他のイベントだとこのようなことは起きないと思うのだが、卒業式という開放感と楽しさに満ちたイベントになると、皆自主的に早く来るようだ。

集合の正確さにも驚いたのだが、Registrar's Officeという大学院の全カリキュラムの担当者と学生事務統括Deanの2人が卒業式のスケジュールについて説明し始めたときにはもっと驚いた。普通は卒業式のスケジュールと服装やプロセスについての説明をして終わりなのだが、それを2人がクイズ形式で行い、手を挙げて正解した学生にはFletcherのマグカップと写真立てを賞品として渡すというイベントになっていた。質問は、「明日の集合時間はなーんじだ?」、「明後日の服装はなーんだ?」といったようなもので、バカにされているのかと思った。

でも実際は学生全員がスーツか制服で来る日に200人中一人だけがガウンを着ているとだいぶ気まずい感じになるし、卒業式の開始時間に全体の6割程度しか集まっていない等となれば、場の雰囲気が相当悪くなるだろう。そういう意味で、プロセスよりも結果を重視したこのやり方は一番良いのかもしれない。本来は学生が卒業式の案内文書をきちんと読み、皆が細かな誤りなく時間通りに所定の場所に集合すべきなのだが、それに期待したり、事務的な説明だけでその流れを済ませてしまうと、予期せぬ失敗が起きてしまうかもしれない。

卒業時平均年齢29歳の学生がこのような形で説明を受けるのは屈辱的な感じもするが、お陰で自分も卒業式の詳細が頭に入った。実際、1日目のFletcher Class Day Ceremonyと2日目のCommencementと呼ばれる正式な卒業式のうち、2日目については7時45分のChampagne Toastという乾杯の儀式はサボって、11時の卒業式前に行けば良いかなと思っていたのだが、Champagne Toastの際に証書受け取りの順番が書かれたナンバーカードを渡すとのことで、それに欠席すると卒業式本番でかなり混乱してしまったかもしれない。このことは案内文書に書かれていなかったので、クイズ形式で頭に入れておいてよかった。

卒業式の練習では、入場の仕方と証書受領時の歩行ルートについて練習した。これは実際にやらなければ分からなかったことなので、やっておいて良かったと思う。学生は何人もいるので、普通は後に付いていけば問題ないのではあるが、仮に自分が列の一番端になったときは、自分でルートを作って歩かないといけない。そういう低い確率ながらも何となく不安が残る事柄について冷や汗をかかずに済むという意味で、練習しておいてよかったと思う。それにしても、日本では仮装大賞でしか見ないようなあのガウンと角帽を被るのは、あまり気乗りがしない。
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# by UbuntuK | 2012-05-19 06:46 | 卒業式

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

カリフォルニア州アーバインの町で起こった環境被害に対する訴訟の映画。社会的地位の低い一市民である主人公が、勤務先の弁護士事務所で見つけた書類に基づき調査を進め、深刻で大規模な公害問題を暴いたストーリーが描かれている。地位的に恵まれた立場でなく、言動や服装が他人に不信感を与えるような主人公が、市民の味方として大企業という権力に立ち向かう様が爽快感を与える。被害者数百人の電話番号を全て暗記しているなど、かなり誇張された部分があったものの、基本的なストーリーは事実に基づいているため、納得感を持って観られる。また、慈善活動としてではなく、自分自身の報酬もボーナスとして明確に要求する様子は、良い意味でアメリカ的なストーリーであると感じた。相互に利益があってこそ社会活動は成立するというメッセージが込められているようで、こうした正義感が日本でも定着すれば良いと思った。

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英国王のスピーチの真実 ~ジョージ6世の素顔~ [DVD]

Happinet(SB)(D)

英国王ジョージ5世の次男として生まれ、長男の国王退任により急遽第二次世界大戦前に英国王となったジョージ6世が、自身の持つ吃音の障害を言語能力療法士とともに克服していく様子を描いた映画。主題は吃音に悩む国王が、国民に響くスピーチをできるよう訓練するというものだが、忍び寄るナチスの脅威の下で、急遽繰り上がりで重責に就かなければならない国王の苦悩や、家族、療法士との心の交流が鮮明に描かれていて、単なる言語能力のトレーニングを超えた、人間ドラマとしての意味が持たされている。主人公はLove Actuallyでホラー小説家をコミカルに演じたコリン・ファースで、知る限りの役柄と異なるシリアスな演技が素晴らしいと感じた。アカデミー賞で主演男優賞を受賞したことにも納得がいく。

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マネーボール [DVD]

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

予算に制約をもつAuckland AthleticsのGeneral Manager、Billy BeaneがYale大学経済学部卒のアシスタントと共に、統計データに徹底的に基づいたチーム編成により、優勝を目指す物語。事実に基づいたストーリーであり、行き過ぎたサクセスストーリーになっていないところが観る者に納得感を与える。スタンフォードの推薦入学を蹴ってプロに進む道を選んだものの、十分な結果を残せずに選手としてのキャリアを終わらせなければならなかった主人公の後悔を伴う回想シーンが劇中に登場し、主人公の心境をリアルに表現している。リーグ優勝はならなかったものの、アメリカンリーグ史上初のリーグ戦20連勝を記録するなど、誇張がない中にもしっかりとドラマが刻み込まれていて、爽快感を十分に与えてくれる。野球ファンであればもちろん、そうでない者にも感動を与えてくれると思われる映画。マネーボールというタイトルは、この映画の”人は野球に夢を見る”という主題に敢えて対峙する意味を持たせていると最後に気づかされる。

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バンダイビジュアル

70年安保に関わる学生運動が東大安田講堂鎮圧により完全に下火となった1970年前後の学生運動家と、それを追うジャーナリストの行動を中心に描いている。時代背景を映像を通じて鮮明に理解できたことは価値があった。一方で、自分の思想を貫くことができず、逮捕されるや否や身内や関係者を簡単に売ってしまう梅山の人物像にあまりにも失望してしまい、倦怠感だけが残った。未熟な精神を持った学生がにわかに学生運動に憧れるも、現実には組織を統率して理想を実行に映すだけの覚悟も責任感もない、というドキュメンタリー的な意味における描写としては興味深かった。ドラマとしての爽快感や臨場感、哲学的示唆といった意味においては物足りない。

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Fletcherと日本との関係は極めて良好である。Fletcherに在籍する留学生の中で日本人は最大であり、日本とともにTop 5を形成する韓国、トルコ、イギリス、メキシコ国籍の学生と比べても格段に人数が多い。これは日本の学生が優秀だからというよりは、日本政府やスポンサー企業と良好な関係を維持したいという意図がFletcherにあるためと思われる。

日本人学生の大多数は政府または政府系機関からの派遣で留学して来ている。民間企業出身者は少ない。出自が政府機関に偏ってはいるものの、各学生の所属先は多様である。自分が在籍した2年間の中で共に学生生活を送った3学年の政府機関出身者の派遣元は、外務省、財務省、経済産業省、防衛省、環境省、農林水産省、警察庁、水産庁、海上保安庁、日本銀行、DBJ、JICA、JETROと、多岐に亘っている。

Fletcherは日本銀行理事を務めた緒方四十郎氏のパネルや、日立製作所の磯辺朝彦氏を記念して作られたIsobe Room、同じく日立製作所が支援するHitachi Center for International Affairs等が設置されている。また、笹川平和財団も支援を行っており、日本人や日本の組織によるFletcherに対する支援は多いようだ。

日本人学生を多く受け入れてもらえるのは、支援を行っているからという理由だけではないと思う。日本人の学業成績が他国の学生に比して極めて低ければ、合格人数が削られることもあるだろう。しかしながら、日本人学生の成績は比較的良いようで、そこは問題になっていないと思われる。ビジネススクールのようにクラスでの発言が成績の半分を占めるようなカリキュラムでは、日本人の活躍は難しいかもしれない。バブル期に日本人学生を多く受け入れたトップビジネススクールは、現在では日本人の留学生の合格を相当絞ってしまっているようだ。それに比べると、試験やペーパーを中心とする日本人に不利になりにくいカリキュラム構成を採っているFletcherは、日本人が能力を発揮しやすいかもしれない。

国際関係大学院の中では留学生にTOEFLやGREであまり高いスコアを要求しないという点も、Fletcherに日本人が受け入れてもらいやすい要因である。TOEFLについては、公式には100点としている点数のハードルを下回っていたとしても、合格が出るケースは多くある。GREは、「日本人はMathの点数が良いことは分かっているし、語学能力はTOEFLで見るので、Verbalが仮に350であっても気にしない。」とAdmissions Officeのディレクターがキャンパスビジット時の面談で名言していた。Harvard KSGは留学生の選考基準にVerbalで400点、Mathで800点、TWEで4.0というスコアを設けているそうなので、それに比べるとハードルが低いと言える。印象では、Georgetown MSFS、Johns Hopkins SAISも同等かそれ以上のスコアを求めているようである。一方でColumbia SIPAはFletcherと同様の基準を設けているようで、SIPAとFletcherに合格というケースは多いようだ。Fletcherの合格者レセプションに来ていた人のうち何人かは進学先をSIPAと迷っており、最終的にSIPAとFletcherに進学者が割れるという結果になっていた。

Fletcherは日本人出願者の共通テストに対する期待値がそれほど高くないものの、職務経験、海外経験についてはある程度詳細にチェックしているようである。特に、政府機関のような公共性の高い勤務先で国際交渉や海外プロジェクトの経験を積んでいる出願者は、好んで合格させているように思われる。一方、ビジネススクールであれば喜んで受け入れてもらえるような、民間企業で輝かしい経験を積んだ出願者であっても、出願書類の内容がFletcherの審査基準に合致していなければ、不合格やWaitlist入りになることもあるようだ。

どのような事情があるにせよ、日本人出願者の留学がビジネススクールを筆頭に困難になっている昨今、日本人を好んで受け入れてくれることは大変ありがたいことだ。出願を検討しているがTOEFLやGREのスコアに自信がないという場合でも、国際性や公共性のある業務を政府機関等で十分に積んできた出願者であれば、合格可能性は十分にあると思われる。もちろんTOEFLの点数が低ければ低い分だけ入学後に苦労することにはなるが、入学して様々な課題に追われる中で、保有するスコアに関係なく語学力を伸ばしていると思う。自分自身もTOEFLは100点を少し超えた程度のものなので偉そうなことは言えないが、何とかなってはいる。
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Fletcherにおける2年間で得られる能力は様々なものがあるが、最も伸びるのはライティング能力である。学問重視の国際関係大学院として、ある程度長文のペーパーを執筆することを求める授業の割合がFletcherには多い。自分自身が2年間で書いたペーパーの枚数は、修士論文と合わせて200ページを超える。それ以外にグループレポートやペーパーもあるので、全て合わせると300ページ超になるだろう。最初の学期から25ページ指定のペーパーを書かされるなどして苦労したが、4学期分の授業を終えてある程度長いペーパーでも論旨を一貫させて完成させることができるようになり、ある程度の達成感を得ることができた。

ライティングの課題を授業別に挙げると下記の通り。

Fall 2010
D220 Processes of International Negotiations: 中間ペーパー10枚+期末ペーパー25枚
E240 Development Economics: ポリシーメモ2枚
B200 Foundations in Financial Accounting and Corporate Finance: グループレポート5枚x3+ファイナルプロジェクトペーパー5枚

Spring 2011
L233 International Financial and Fiscal Law: 中間ペーパー10枚
E241 Development Economics: Policy Analysis: 期末グループペーパー30枚
B220 Global Financial Services: 期末ペーパー15枚

Fall 2011
L230 International Business Transactions: グループ作成契約書+個人レポート5枚
E243 Agriculture and Rural Development in Developing Countries: 期末グループペーパー30枚
B226m Large Investments and International Project Finance: グループレポート6枚+期末レポート6枚
B260 International Marketing: 期末グループペーパー20枚

Spring 2012
P205 Decision Making and Public Policy: ポリシーメモ2枚x3
P266m Islamic World: 中間レポート5枚+期末レポート15枚
B221 International Financial Management: グループレポート5枚x3+グループプロジェクト20枚
B225 Corporate Finance and Banking: A Comparative East Asian Perspective: 個人レポート5枚x3+期末レポート20枚

Thesis
60-100枚

これだけ多くを書かされる中で、ライティング能力は必然的に付く。自分はThesisの分量でライティングを行った際に、構成や英文表現が乱れてしまったが、20枚程度までの個人ペーパー程度であれば、問題なく書けるようになった。最初の学期はこれだけ長いペーパーを数多く書くことに能力的にも時間的にもついていけないという印象があったが、4学期終えてみると、かなり進歩したという印象がある。特に最終学期は、それまで自信がないが締め切りが迫っているので分量を揃えて提出する、という流れに終始していたペーパーの質を、自信を持って期限前に提出できるレベルまで持っていくことができた。

ライティングに次ぐ能力としては、ディスカッションとネゴシエーションに関する能力が挙げられる。FletcherのDiplomacy, History and Politics (DHP)の授業のうち、DiplomacyとPoliticsに関しては、卒業後に米国国務省や他の省庁で実務に就くことを希望する学生のニーズを想定し、政策決定交渉に関するロールプレイが用意されている。これはノンネイティブにとって非常に厳しいものだが、積極的に議論に参加する意欲があれば、得るものは多いだろう。自分はInternational Finance and BankingのCertificateの必修になっているD220 Processes of International Negotiationsという授業を最初の学期に履修した。これはHarvard Law Schoolが開発した交渉の授業形態を取り入れたもので、ケースを通じて様々な交渉のロールプレイを学生同士で行うものである。自分は入学したての学期だったということもあり、シミュレーションで議論に付いていくのに相当苦労した。また、必修ということで嫌々履修していたこともあり、あまり面白いと感じることもできなかった。きちんと英語で意見が言えるようになりたいという意識を持っている学生であれば、こうした交渉やディスカッションを重視する授業を固めて取ってみるのもいいかもしれない。

ライティングに重点が置かれるFletcherのカリキュラムの中で、ビジネススクール等他の専門職大学院に比べて不足するのは、プレゼンテーションやグループワークの量だろう。プレゼンテーションについてはMIBの必修科目になっている中南米やイスラム圏、欧州といったArea Studiesのモジュール授業等で意図的にプレゼンテーションの機会を設けているものはあるが、普通にMALDの必修科目を履修しているだけでは座学と試験、ペーパーのみで終わってしまうものも多い。人前で個人プレゼンテーションを一定の時間をかけて行う授業は、自分の場合2科目しかなかった。グループプレゼンテーションを含めても5科目のみである。プレゼンテーション能力やグループディスカッションの能力を高めたいと考える学生は、意図的にMIBの履修科目になっているEconomics and International Business (EIB)の授業を多く取ってみるといいかもしれない。自分が行った個人プレゼンテーション2つのうち両方、グループプレゼンテーションを含む5科目のうち4科目はEIBの授業だった。ビジネスの現場で必須と考えられるプレゼンテーションやグループディスカッションの能力は、国際関係大学院の授業ではあまり重視されていない。ビジネススクールのカリキュラムを意識しているEIBの授業では、そちらにも重点が置かれている。
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Fletcher校風は、コミュニティという言葉で表現される。これは学生が非常に親密な関係の中で学生生活を送ることを表している。国際関係大学院は専門職大学院の中ではどこも規模が小さく、1学年100人未満のPrinceton WWSやGeorgetown SFSを筆頭に、比較的少人数で密度の濃い学生コミュニティを形成する。Fletcherの人数は1学年200名強で、内訳はMALDが175名程度、MIBが30人程度、LLM、MAがそれぞれ10名強程度となっている。1学年の人数は国際関係大学院の中では平均的だが、学生間のコミュニティ意識を醸成する校風が他校に比べて強いと言われている。

一方で、大学院側が公式にこうしたコミュニティ作りを促している訳ではない。週1回のSocial Hourという学生の懇親会などが用意されてはいるものの、他の国際関係大学院に比べて目立ったコミュニティ作りの活動がなされている訳ではない。また、GPAを正式に発表して順位を付けるということを行わず、競争よりも協業を促すという明確なスクールポリシーはあるが、それのみがコミュニティ意識醸成の強い根拠となっている訳ではないと思われる。それでも、より少ない人数のプログラムを持つ大学院に比べて、Fletcherは学生同士の仲が良く繋がりが強いと言われることが多い。自分自身もキャンパスビジット時に在校生から親切に対応してもらったし、Fletcherにキャンパスビジットをしたことがある他の大学院の学生のブログにも、学生が皆Politeでにこやかと書かれているものがあった。

何がFletcherの学生の雰囲気を作り出しているのかは明確に分からないが、個人的には下記の3点がFletcher特有のものとして存在しているように思われる。1点目は国際関係大学院に共通していることであるが、差別や格差の是正に関心を持ち、卒業後はそうしたテーマを実現できる進路を選択する学生が多く集まっていることである。そうした意識を持つ出願者はFletcherのみならず他の国際関係大学院にも出願する訳であるが、少なくとも意図的に学生間の競争意識を持たせる一部のビジネススクールに集まる学生とは異なる価値観の元に入学してくる学生が多いのは事実であると思う。いずれの分野で仕事をするにしても社会に出れば厳しい競争に晒されることは間違いないので、ビジネススクールが意図的にその状況を学内に作り出すのは納得がいくし、Fletcherのように協力的に仲良くやっていくことだけが良いとは決して思わないが、少なくとも国際関係大学院には競争によって生じる歪みを是正したいという意志を持った学生が多く集まるので、その中で生じるコミュニティは必然的に友好的で協業的なものになるのではないかと思われる。

2点目はFletcherのAdmissions OfficeのFletcherの出願プロセスで特に他校と違う点として、自分自身の人間性に関するエッセイをStatement of Purposeに加えて提出させるという事実がある。このエッセイを通じて、Fletcher特有のコミュニティに馴染み、ポジティブな形で貢献できるということをスクリーニングしているのかもしれない。このプロセスが詳細に行われているのであれば、友好的な人格を有した学生がFletcherのコミュニティ意識を受け継ぎ、自分達の学年においてFletcherらしいコミュニティを創造していくということはあり得る。ただ、これを強く行い過ぎると、人種や国籍を越えた人間性という面での多様性は失われてしまうように思う。もしかするとある程度尖った人格を持った学生が将来どこかの国のリーダーとなって社会に多大な貢献をするかもしれない。人間性のスクリーニングがどこまで強く意識して行われているのかよく分からないが、少なくともFletcherが特有の友好的なコミュニティを形成している一因ではあるように思う。

3点目は合格者が大学院を選択する際の意識だろう。多くの学生は出願校の中から複数の合格を得て、カリキュラムや校風を総合勘案して進学先を決定する。学生が合格校それぞれを同等のレベルと考えるのであれば、最後は校風で判断するかもしれない。コミュニティ意識が強いという評判を持つFletcherの校風をウェブサイトやオープンハウスを通じて知り、それを是としてFletcherを進学先として選択する学生が学年を形成すれば、自然とFletcherの伝統的なコミュニティが新しい年度にも受け継がれることになる。この選択過程で「プラクティカルに授業に集中したい」という意思を持った合格者は専門学校的要素が強いと言われるJohns Hopkins SAISを選択するかもしれないし、「学年全体としてのコミュニティ形成は難しいが、科目や教授陣、学生の厚みがある大きなスクールで勉強したい」という学生はColumbia SIPAを選択するかもしれない。

Fletcherのコミュニティ意識がどの時点で形成されたかは定かではないが、実際に存在することは他校との比較でも間違いない。これを価値と捉えるか問題と捉えるかは、合格者の判断次第だろう。もちろん、Fletcherはコミュニティを持っていて他の国際関係大学院は持っていないという2極ではなく、他の大学院にも魅力的なカラーがある。Georgetown SFSとPrinceton WWSは規模感から必然的に皆知り合いになるし、Columbia SIPAも2年次に専攻を決めた後は50-60人の専攻グループ内で仲良くなるとAdmissionの担当者が言っていた。コミュニティ意識に対する見解は様々だと思うが、少なくとも個人的にはそれが強ければ強いほど良いとは思う。学生同士が繋がろうという意識があれば、学期中困ったときに助け合うことができるし、イベント事などで自然と協力し合うことができる。また、卒業後にもそのネットワークを友人関係においても業務関係においてもそれを将来活用することができる。
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Fletcherのカリキュラムの最大の特徴は、フレキシビリティである。Fletcherの必修科目は他の国際関係大学院に比べると極端に少なく、各専攻におけるコア科目も選択制を採っているものが多い。Fletcherでは2年間で16単位を取得することが卒業要件になっているが、2種類と定められている専攻の履修要件はそれぞれ3-4単位のみで、残りの9-11単位は他の要件を満たす範囲であれば、自由に履修することができる。他の要件とは、ILOから1科目、DHPから2科目、EIBから1科目の履修が義務づけられているBreath Requirementと、数学、統計、経済学入門の中から1科目の履修が義務づけられているQuantitative Requirementといったもので、そうした義務の中にもフレキシビリティが設けられている。

こうした自由度の中で、学生は1年次に各Requirementと専攻科目1つ分のうち、多くを履修する。2年次は2つ目の専攻科目を履修する場合が多いが、1年次に2専攻分の科目の多くを履修している学生も多いため、2年次はほぼ自由に8単位分の授業を選択できる状態になっている場合もある。こうしたフレキシビリティにより、Public and NGO ManagementとHumanitarian Studiesを専攻している学生が、2年次に余った単位でコーポレートファイナンスやアカウンティングの授業を履修し、ビジネス科目を第3の非公式な専攻としてしまうことも可能だ。実際、ファイナンス系のクラスでは、1年次はファイナンスと全く縁の無かったNGO志望の女子学生の姿が目立って増えたりする。

自分の場合はCertificateの履修要件に縛られたため、あまり科目選択の自由度は得られなかったのだが、通常通り2種類の専攻の要件を満たすべく授業を履修している学生は、自分の専門分野と関係のない授業を興味本位で履修することが非常に容易だ。自分の場合は、できるならThe United States専攻の必修科目であるThe Foreign Relations of the United States to/since 1917や、Political Systems & Theoriesの必修科目であるInternational Relations: Theory and Practiceの授業を履修してみたかった。自分の場合はInternational Business RelationsとDevelopment Economicsが専攻だったが、通常のカリキュラムに従えば、アメリカ史や国際関係論のような専攻と関係ない授業の選択も可能である。

Fletcherのカリキュラムのもう一つの大きな特徴は、修士論文の提出を卒業要件としている点にある。これは他の国際関係大学院と明確に異なる点であり、Fletcherが他校に比べてアカデミズム重視と言われる所以である。修士論文に相当するものとして、Johns Hopkins SAISとGeorgetownでは専攻に関する口頭試験、Columbia SIPAではグループでプロジェクトの遂行とレポート提出を行うCapstone Workshopsが課されている。1年次と同じ履修単位を取得しながら修士論文を書くことで、2年次の作業負荷は相当増すが、その分Fletcherでは他の大学院で得られることのない密度の濃いリサーチができるように思う。自分自身も修士論文の単位取得に至るまで相当な労力と時間を要したが、その分論文執筆の手法やリサーチ対象の深い理解といった産物を得ることができ、深い充実感を得ることができた。

他の国際関係大学院が修士論文の執筆を義務付けない中、Fletcherでも修士論文を卒業要件から外し、オプショナルとすべきだという意見が教授会で出ているようだ。自分自身はこれには反対である。修士論文の内容ほど詳細なリサーチを行う機会は通常の授業では得られなかったし、関連する授業で扱われた学術理論も修士論文を執筆することで深く理解することができた。また、強制的に修士論文を書いておくことで、将来Ph.D.を取得する希望を持つに至った学生は、それを出願先に提出することでアカデミアの世界に戻ってくることができる。修士論文の提出義務撤廃が検討される大きな理由は、2年次後半の修士論文執筆が学生の就職に影響するということにあるようだ。これは完全に自己責任であるし、必要なプロセスをタイムリーに踏んでいる学生は、論文執筆と就職活動を両立させることなど苦にしない。

フレキシビリティと修士論文提出がFletcherのカリキュラムを特徴づける二大要素と言える。自分自身はフレキシビリティのメリットを享受することができなかったが、修士論文執筆プロセスからは予想もしていなかったほど貴重な経験をさせてもらうことができた。この点にFletcherの価値を強く感じているため、現在の修士論文提出義務撤廃には反対である。修士論文執筆は自分の研究分野の理解を深める上で非常に有効であるし、Fletcherの教授陣は1学年200名規模の学生に対して我慢強く丁寧なアドバイスを行っている。修士論文執筆を理由に就職できない学生がいるとすれば、現在のように5月16日以降の論文提出者を8月卒業とすることで対処すれば良い。時期的な猶予があれば、学生も論文執筆にプレッシャーを感じることなく就職活動に専念できる。Fletcherが修士論文の提出をオプショナルにしてしまえば、他の国際関係大学院に対する特徴をますます失い、競争力を失うことにもつながりかねない。
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Fletcherは国際関係大学院と定義される大学院および国際関係プログラムを持つ公共政策大学院と競合関係にある。MBAプログラムのように多くの新聞や雑誌がランキングを付けている訳ではないため、一概に大学院同士の優劣は判断できないが、唯一Foreign Policyという雑誌が2年に一度国際関係大学院ランキングを発表しており、それが受験生が進学先を選定する上での数少ない判断基準となる。2012年に発表されたランキングは下記で、Fletcherは現在5位の位置にいる。

The Best International Relations Master's Program (Foreign Policy)
1. Georgetown SFS
2. Johns Hopkins SAIS
3. Harvard KSG
4. Princeton WWS
5. Tufts Fletcher
6. Columbia SIPA
7. George Washington Elliott
8. American SIS
9. LSE
10. Chicago

もちろんこれはある程度バイアスがかかったランキングであり、これが絶対的な力関係ではない。アメリカの雑誌がアメリカの学術機関に所属する研究者へのアンケートを通じて算出した順位であることから、LSEの位置が明らかに低かったり、公共政策大学院のプログラムの一部に国際関係専攻を持っているHarvardとPrincetonや、専門職大学院というよりは研究職養成大学院として位置づけられるChicagoが、国際関係を学ぶ専門職大学院と定義される他の国際関係大学院に混じってランク付けされていたりする。

ただ、このランキングを自分が受験した結果得た合否と照らし合わせると、納得のいくところもある。自分はForeign Policyのランキング以外に受験先の情報収集をする手段をしらなかったので、取りあえず上から順番に6校受験し、US Newsが発表している公共政策大学院ランキングで1位の評価を得ているという理由から、Syracuse Maxwellの国際関係プログラムも受験した。結果は上位4校が不合格で、5位と6位のFletcherとColumbia SIPA、受験当時10位だったSyracuse Maxwellが全額奨学金付き合格というものだった。全て合格した場合は、PrincetonのWWSに行きたいと考えていた。同校は私費留学生に対し学費生活費を全額支給する制度があるからだ。しかし、同校の1学年の人数は60人であり、その中で合格を得られる日本人の人数は恐らく1-2名ということで、合格のハードルは非常に厳しかったと思う。TOEFLやGREの点数の基準も高いだろうし、学費生活費の支給を必要としない官庁等派遣の学生で優秀な出願者がいれば、必然的にそちらを合格させるものと思われる。

費用面での制約を除けば、第一志望はJohns HopkinsのSAISに行きたいと考えていた。同校は米国の政策決定の中心地であるWashington D.C.に所在し、興味を持っていた就職先である世界銀行にSAIS Mafiaと呼ばれる独自のネットワークを築いている。また、開発経済に特化したMaster of Arts in International Developmentというプログラムを最近立ち上げ、国際政治の世界で著名なFrancis Fukuyama教授がプログラムのヘッドに就いていた。結局それらへの合格は叶わなかったので、FletcherとColumbia SIPAの2校から進学先を選択することになったが、その2校であればFletcherに決めようと考えていたので、進学先を迷うことはなかった。1つの理由は費用で、Fletcherが学費の25%分を奨学金として提供してくれたことにあった。SIPAはキャンパスビジットの際にAdmissions Officeから奨学金は1年次は出ないものと想定してほしいと言われていた。2年次になり、1年次のカリキュラムを通常通りこなしていれば、希望に応じて必要ベースの奨学金が出るとのことだった。もう1つの理由は、前職で同じ部署にいたビジネススクールへの留学経験のある先輩が、Columbiaは日本人が非常に多いので、英語の上達や外国人との交流を考えるとFletcherの方が良いとアドバイスしてくれたことにある。

日本人の出願と合否の傾向としては、上位4校が最難関、5、6位の2校が難関ということになるのではないかと思う。Columbia SIPAは国際関係と公共政策の2プログラムを有する上、それぞれのプログラムに1学年400人程度が在籍するので、合格者数も必然的に多くなる。Fletcherも1学年200人程度が在籍するため、ある程度の合格者を出している。正式な情報ではないが、アメリカの国際関係大学院出願者掲示板のようなウェブサイトでは、Fletcherの出願倍率は3.5倍とのことだった。Columbia SIPAに関してはAdmissions Officeが公式データを公開しており、3倍程度とのことである。これに比べると、1学年200人程度ながら10倍の倍率を持つJohns Hopkins SAISや、1学年の人数がそれぞれ60人、90人と非常に少ないPrinceton WWS、Georgetown MSFSは合格を得るのがより困難であると言える。Harvard Kennedy Schoolについては詳細な情報を知らないので分からないが、2年プログラムのMPPでは日本人が1学年1-2名という年もあるらしく、少なくとも日本人の合格率は非常に低いと考えられる。

出願者が合格校の中からどの大学院を選ぶかという問題に関しては、上位6校の中であれば、就職活動やタイトルとしてのレピュテーションという意味で大きな差は生じないように思われる。国連や世界銀行等の国際機関であれば、修士号を持っていればそれをどこで取得したかはあまり問われず、むしろ何に関する修士号かの方が影響するそうである。SAISが世銀に強い、SIPAやFletcherが国連に強いといったように、卒業生ネットワークの中でのコネクションを活用できる機会が大学院により異なるという点はあるが、正規職員を採用するためのYoung Professional Program等のプロセスでは、国際関係大学院間の力関係はあまり考慮されず、むしろどういった授業を履修してきたかという点の方が重要になる。また、ファイナンス分野での経験を重視する世界銀行グループの国際金融公社(IFC)では、国際関係大学院の名前よりもMBAの学生や投資銀行の職務経験者に劣らぬ経験と資質を前職や大学院で身につけたかを問われる。この場合、国際関係大学院内の競争というよりは、他の学位を提供する大学院との競争になる。

このように、上位6校内では社会的なレピュテーションがそれほど変わらない中、それらに複数合格して進学先を選定する場合、軸とすべき点は費用を除いて2点あると考える。1点目は各大学院の学問的重点分野、2点目は卒業生の就職先の傾向である。1点目の学問的重点分野は、大別して経済学重視か政治学重視かという点に分かれる。経済学に重点を置くのはJohns Hopkins SAIS、Harvard KSG、Princeton WWS、Columbia SIPAで、それぞれ1年次にマクロ・ミクロの経済学や統計等を必修科目に据えて全員に学ばせる。政治学に重点を置くのはGeorgetown MSFSとFletcherで、同様に経済学科目を必修科目とはするものの、1-2科目程度履修すれば良いという比較的緩い基準になっている。MSFSでは、経済学科目に関する要件が厳しくない一方で、世界史が必修となっており、重視する学問分野が他のトップ校と明確に異なることを窺わせる。

2点目の就職先の傾向は、立地と各大学院の伝統により大きく異なる。 Johns Hopkins SAISとGeorgetown MSFSは、Washington D.C.に所在するという立地のアドバンテージを活かし、卒業生を世界銀行グループや政策系シンクタンク等に送り込んでいる。D.C.で活動する外部のスピーカーを招待することも容易で、政府・国際機関等の職員とのネットワーキングも行いやすい。Columbia SIPAは、ニューヨークに所在するというアドバンテージを存分に活かせる大学院だと考えられる。国連機関のみならず、金融やメディア等の民間企業が大学から非常に近い場所に存在し、学期中にインターンとして働くことさえ可能である。Jeffrey Sachs等、国連の政策決定に重大な影響を及ぼす学者が数多く存在していることも在籍していることも大きなメリットだろう。Harvard KSGとFletcherに関しては、ボストンの学術機関の集積地、Cambridgeに所在していることがアドバンテージである。就職等のプラクティカルな場面では若干の不利を受けることは否めないが、Harvard、MITを中心とする大学群の中で著名な教授とコンタクトの機会を持ち、学業面または職業面において将来有望なエリート学生と関係を築くことで、将来責任ある立場で業務を進める際に大きな助力となる人脈を得ることになると考えられる。

Fletcherはボストンに所在するという若干の不利を持ちながらも、協力なHarvardとの友好的関係等を利用して、国際関係大学院としての競争力を維持拡大しようと取り組んでいる。2011年の秋学期に履修したInternational Financeの授業では、経済学の苦手な学生が多いFletcher生を前に、教授から「試験の結果に正直驚いた。経済学を全く履修したことのない学生はこの中に何人いる?今回の試験結果からカーブを付けて全員の成績を出すが、良い成績をもらったからと言って決していい気になるな。君たちが卒業して競争しなければならないのは、Johns Hopkinsや他校の経済学が分かっている学生なんだからな。」という檄が飛んだ。教授会では、「Georgetownがこういったプログラムを開始したらしい。」という他校の動向を気にする声などが共有されている。ボストンにいながら、またHarvardのようなあらゆる分野での学術的プレゼンスを持たない中、Fletcherは他の国際関係大学院と競争していなければならない。これまで優位性を保持し続けてきた外交・安全保障といった学問分野だけでなく、他の学問分野や就職といった観点においても、危機感を持ちつつ改善に向けて行動している様子が、在学中顕著に感じられた。
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FletcherはGeorgetownのMSFSと並び、アメリカの外交官養成大学院として知られている。外交官となった学生の正式な就職先は米国国務省(US Department of State)で、学生は外交官になるために、知能テストを含む専門試験や面接を受ける。Fletcherから外交官になる学生は相変わらず多いとは思うが、絶対数は過去に比べて減少しているように思われる。現在は外交官輩出者数において、MSFSに次ぐ全米2位とのことだが、1学年約90人のMSFSが約200人のFletcherよりも外交官を多く輩出しているということで、Fletcher内の外交官志望者数は減少しているようだ。EIB科目の拡充や、国際機関、NGO志望者の増加が原因かも知れない。

外交官養成大学院から多様な進路を希望する学生に対応する国際関係大学院へとシフトする中、就職する人数が増えているのは国際開発銀行とNGOであるように思われる。Fletcherは従来国連への就職に強いと言われ、Fletcher Mafiaと呼ばれる強固なAlumniネットワークにより、学生をコンサルタント職等に登用してきた。一方で近年は開発経済や個別のセクター研究を専攻して、世界銀行やADB等の開発金融機関のコンサルタント職に就く学生が増えているようだ。Fletcherもこうした学生のニーズに応えるべく、EIB科目の拡充を図っているように思われる。また世界的にNGOが成長を見せている中で、NGO出身者がFletcherに入学するケース、卒業生がNGOに就職するケースがそれぞれ増えているようだ。1年次に授業のグループワークで一緒になったアメリカ人の女子学生は、前職はCAREというNGOで、卒業したら多分CAREに戻ると言っていた。

民間セクターについては分からないが、恐らく昔よりも就職先として選ぶ学生は増えていると思われる。学生のバックグラウンドの多様化の中で、MALDという伝統的な学位の履修生の中にBusiness MALDと呼ばれる民間志望の学生集団が出現したり、MIBという準MBA的プログラムができたことで、投資銀行や戦略コンサルティング会社の出身者が増えたりしたことで、民間セクターに就職する学生の絶対数が格段に上がったと思われる。一方で日本人留学生は政府または政府系機関出身者で占められ、大手PEファームで経験を積んだMBA的には価値の高い出願者を一旦Wait Listに入れたりしているので、Fletcherがこの民間セクター経験者/志望者の増加を肯定的に捉えているのかどうかは分からない。

いずれの変化の中でも、政策系科目に比重を置く国際関係大学院であるFletcherの学生が、就職に苦労する傾向にある事実は変わらない。投資銀行やコンサルティングファームは主要なビジネススクールのみに対しリクルーティング活動を行うし、シンクタンクなどは経済学に強い国際関係大学院の方が有利だろう。アメリカ人であれば米国政府に入るというメジャーなルートがあるが、日本人や他国の留学生で転職を目指す人は、世界銀行や国連のコンサルタント職、NGO職員など、Fletcherが確実に強みを発揮できる分野に絞った就職活動を行う覚悟を決めた上で入学すべきだろう。民間セクターへの就職ももちろんできるし、在学中の方向転換も可能だが、ビジネススクールの学生に対してビハインドを負った状態で就職活動に臨むことは、理解しておかなければならない。
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Fletcherでのカリキュラムが終了し、学期中に起きた個別の出来事については一応書き終えた。これから5月末の帰国までは、Fletcherの特徴や今後の課題について、他校との比較を交えながら書いていくことにしたい。第一回目のこの投稿では、Fletcherのアカデミックな面における特徴について書いておこうと思う。

The Fletcher School of Law and Diplomacyという名前の通り、Fletcherのカリキュラムの中核を成すのは伝統的に法律系科目と政策系科目で、その中でも政策系科目の割合が圧倒的に多い。Fletcherの科目群はILO (International Law and Organization)、DHP (Diplomacy, History and Politics)、EIB (Economics and International Business)の3群に分類されているが、DHPの科目数が過半を占めている。EIBは経済学やビジネスに関する科目のニーズに対応して近年力が注がれている科目群で、経この中の済学入門や数学等の科目が2年制プログラムに在籍する学生の必修科目になっている。また、Master in International Business (MIB)という新しい修士プログラムが導入されるなど、注力分野として拡大が図られている。

他の国際関係大学院の中で政策系科目に重点を置いているのは、GeorgetownのMSFSで、教授会等では同校のプログラムの動向を強く意識した議論が為されているそうだ。その他の大学院ではFletcherに比べて経済学を重視する傾向にある。Johns HopkinsのSAISでは、2つの専攻のうち1つは必ずInternational Economicsとすることが課されている。ColumbiaのSIPAでは、1年次にCore Requirementとしてミクロ経済学や統計などの授業を全員が履修するカリキュラムになっており、2年次から専攻を選んで関心分野に注力する形を採っている。Harvard Kennedy Schoolでは、出願時に学部時代におけるミクロ経済学や統計の履修経験と成績を報告するよう求められ、入学後も経済学を軸にしたカリキュラムが課される。実際、SAISやKennedy Schoolにも合格したが、経済学が苦手だからという理由でFletcherを進学先として選択したた学生も存在する。Fletcherが法律・政策科目を軸とした運営を行うことに今後も変わりはないと思われるが、Georgetownのみならず、経済学を重視する他の国際関係大学院にカリキュラムを近づけようという意識が、卒業生向けアンケートの質問内容等からも伺われる。

法律・政策科目中心のFletcherにおいて看板と考えられている学問分野は、国際取引法、安全保障、紛争解決、環境資源政策等。これらの分野にはそれぞれ著名な教授が在籍しており、それぞれの教授に指導を受けるためにFletcherに進学してくる学生は多い。EIBの科目群では開発経済やマイクロファイナンスの人気が学生の間で上昇しているが、コアな経済学を教えるMichael Kleinを除いては、看板と考えられている教授は不在。EIBの科目履修を通じて人気分野の学問的な基礎を習得することはもちろん可能だが、複数の合格先を得た開発経済やマイクロファイナンス志望の受験生をSAISやKennedy Schoolから引っ張り込むだけのカリスマ性を備えた教授は、ILO、DHPに比べると乏しい。今後のFletcherの課題は、国際関係大学院の主流となりつつある経済学を軸としたカリキュラムの充実と、他の大学院に引けを取らない経済学の教授陣の充実にあると思う。
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これまで使っていたMacbook Homeが学期の終わりを待つようにして壊れてしまったので、今日Macbook Pro 2012を買うため、BostonダウンタウンにあるApple Storeに行ってきた。

休日を敢えて避けて行ったので、店内は予想通り空いていた。購入の仕方がよく分からなかったので、以前来たときにレジっぽいものがあったと記憶していた3階に上ってみたのだが、そこは注文した商品の受け取りスペースだということで、1階のMacbookがずらりと並べられているスペースに下り、店員にMacbook Proの13インチを買いたいのだがと話しかけてみた。すると店員は並んでいるMacbookの1つの前に自分を案内し、少し混んでいるのでここで待っていて下さいと言ってその場から離れた。仕組みがよく分からなかったので、目の前にあるMacbookをいじっていたのだが、横を見るとiPadに待ち人数4人と表示されているのを見つけることができ、これが0になると店員が対応してくれるということが分かった。

5分ほどすると店員がやってきて、自分の要望を聞いてくれた。店員は自分が持っているiPhoneを取り出して何やら作業を始めたのだが、15秒ほどしたらその作業が完了し、裏から注文の品が届けられるのでここで少し待っていてくれと言った。商品を待っている間は店員が質問してくるマーケティング的雑談に答えていたのだが、2-3分ほどの間に別の店員が希望の商品を持ってきた。店員は商品のバーコードにiPhoneをかざした上で、自分の提示したクレジットカードをiPhoneに備え付けられたリーダーで読み取って、すぐに決済してしまった。雑談の際に自分が学生であることを言っていたので、学生証を見せることで金額は100ドル引きになっていた。代金は、一緒に購入したMicrosoft Officeと併せて1,400ドル(学割後)、日本円で11万円程度だった。レシートがメールか紙で受け取れると言われたので、メールと答えると、自分の大学のアドレスをiPhoneに打ち込んだ上で、すぐにメールでレシートを送付した。

最後に店員が購入したMacbookとMicrosoft Officeのソフトを入れるためのビニールバッグを持ってきてくれ、購入手続きが完了した。待ち時間を除くとその間わずか5分程度で、効率の良い捌き方に驚いた。特に、レジを通さなくても決済ができてしまうというシステムには驚嘆した。これまで使っていたMacbook Homeは通信販売で買ったので、Apple Storeのこうしたオペレーションシステムは知らなかった。Macbookのサンプルを前に全てのプロセスを完了させるので、客を退屈させないし、客が動かず商品や決済を担当する店員が動くので、客が疲れやストレスを感じることがない。非常に面白く、よくできたシステムだと思う。
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2012年春学期の成績が今日全て出揃った。心配していたB225 Corporate Finance and Banking: A Comparative East Asian Perspectiveも、教授が日曜の夜に全員のペーパーを読み終え、成績を深夜にポストしてくれた。これでようやく成績表上に必要な情報が揃い、正式に卒業できる。今学期の成績はこれまでで一番良かった。ライティングに慣れてきたというのもあるが、一番大きかったのは、ろくな成績が取れていなかった開発経済専攻の必修科目と、International Finance and Bankingの必修科目になっていた法律科目を今学期は履修する必要がなかったという点だ。あまり悪い評価にならないと周囲の評判から知っている政策系科目2つとファイナンス系科目2つの構成だったので、学期中ある程度気が楽で、結果もある程度予想した通りになった。今学期の成績のGPAは3.81で、2年間を通じてのGPAは3.55になった。最初の学期のGPAが3.38とあまりに悪く、残り3学期間勉強していくことに対して憂鬱になっていたのだが、最後には挽回して、全体としてそこそこの成績に収められたので良かった。

ただ、Fletcherの成績評価はほぼB以上しか付かないので、最終成績は相対的に決して良いものではない。Ph.D.に進みたいという願望は元々持っていないが、FletcherのPh.D.に進むには最低3.6のGPAが必要だそうなので、そちらの可能性は自動的に消滅した。そういう意味で、3.55というGPAは学内でも対してすごい成績ではないのだと思う。これは余談だが、3.55というGPAは奇しくも学部生時代の成績と同じだった。GPAの表記は小数点以下第一位までになっている場合が多いので、3.55というGPAは3.6と表記できて得だ。学部の成績を表記する際にいつもこのメリットを享受していたので、修士のGPAでも同じくこのマジックナンバーが使えると思うと、少し嬉しい。

以下は2012年春学期の履修科目の成績と印象。

P205 Decision Making and Public Policy: A-(ニュートラル)
2枚紙のポリシーメモ3本だけという理由で履修したのだが、最後に学生8名程度のグループで行われる政策決定シミュレーションに授業外の時間をかなり取られた。教授の熱意や学生に接する姿勢、人脈を利用したゲストスピーカーの質などはとても良いのだが、空いた履修単位の穴埋めのために取った授業としては、少々重かった。政策決定シミュレーションについては低いモチベーションで臨んだので、他の学生に少し迷惑を掛けてしまったように思う。いくら穴埋めの授業で時間を割かないようコントロールするにしても、サボる量はほどほどにしておかないと周囲にも自分にも被害が及ぶことになる。少なくとも、やる気や興味がない仕事の中でいかに周囲に貢献して信頼を得るか、というテーマにおいては学びのある授業だった。

P266m Islamic World: A(比較的好き)
前半はイスラム世界のビジネスや経済について教科書と時事ニュースの解説、後半は10人程度の履修学生による個別プレゼンテーションに割かれた。週1回75分のモジュール授業で、かつプレゼンテーションに授業期間の1/3程度が割かれるので、得られた知識は少なかったように思う。良かった点は、Fletcherでは少ない個別プレゼンテーションをする機会が与えられたことと、納得のいく最終ペーパーを提出できたこと。この授業はMIB生のエリアスタディを目的として作られた授業の一つなので、意図的にプレゼンテーションの機会を設けていて、かつプレゼンと最終ペーパーのテーマをイスラム圏内の個別企業1社の分析にするよう定められている。自分は政策専攻ではなくビジネス・経済専攻なので、イスラム世界そのものではなく個別企業にフォーカスを当てた分析ができたことには価値があった。

B221 International Financial Management: A-(ニュートラル)
EIBのファイナンス科目を取り仕切るLaurent Jacqueによる授業で、B200で行うコーポレートファイナンスの発展形として、為替レートの変動を含む国際ファイナンスについて学んだ。B200に比べると教授の話が極端に理解しづらく、授業では当てられないようビクビクしていた。最初の頃は発言するよう努めていたのだが、あまり的を射た回答ができず、他の学生が答えて「これは正解だろう」と自分で思った発言も教授に却下されることが多かったので、あまり核心を捉えた受講ができていなかったのだと思う。自ら手を挙げないとコールドコールをされるのだが、正答できる確率もあまり高くなかった。試験も中間は相当できたと思っていたのに75%程度の点数で、期末も点数は分からないものの、あまり期待できるような成果ではなかった。B+も覚悟していたのだが、グループレポートがそこそこ良かったことと、恐らく期末試験がそこまで悪くなかったということで、A-がもらえたようだ。Jacque 1、2、3と呼ばれるこの教授のファイナンス科目3つは、結局オールA-という結果に終わった。せめて基礎のB200ではAを取りたかったのだが、この授業ではグループで唯一のファイナンス経験者だった自分の不慣れもあり、グループレポートの出来が悪かった。

B225 Corporate Finance and Banking: A Comparative East Asian Perspective: A(好き)
今学期一番注力した授業。日中韓を中心とするアジアの金融市場と個別企業のファイナンスについて、教授作成のプレゼンテーション資料とHBSのケースに基づいて学んだ。教授は修士取得後に中国向けのベンチャーキャピタルで働き、日本の債券市場研究でPh.D.を取得し、現在インドの金融市場に関する研究を行っているとのことで、アジアの金融市場についてとても詳しかった。ケースを通じてアジア通貨危機や中国国有企業の民営化プロセス等について理解できたことも良い経験になった。5枚のケースレポート3本と15-20枚のファイナルペーパー、授業ごとのHBSケース事前講読という課題の量は決して少なくなかったが、それぞれに学びの多いものだったので、自分自身は作業していてとても楽しかった。願わくば教授が毎回の授業で課した学術文書週3-5本程度も読めれば良かったのだが、こちらは他の授業やこの授業そのものの課題との兼ね合いから、ギブアップせざるを得なかった。最終ペーパーについては、今学期の後半はかなり時間を取ることができたので、詳細にリサーチをして納得のいくものを書くことができた。自分で会心の出来だと思って提出したレポートだったが、教授も同様に評価してくれ、メールで印象を知らせてくれたので、とても大きな励みになった。評価がA-に偏る教授で、3本の個別レポートも自分自身の印象に関わらず全てA-だったので、最終レポートで逆転してAをもらえたことがとても嬉しい。
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修士論文の成績が出た一方で、自分の卒業に関する要件はまだ満たせていない状態になっている。昨日Registrar's Officeという学生の科目登録や成績の管理を行っている事務所から連絡が来て、「B225 Corporate Finance and Banking: A Comparative East Asian Perspectiveの授業の成績がまだ出ていないので、16単位の履修単位数を満たしていない。こちらからも教授に指示するが、ダブルチェックとして学生の側からも教授に確認を取るように。火曜日の正午で成績表のアップデートは打ち切り、その後はアクセスできなくなるので、それまでに成績表上で卒業要件が満たせているようにすること。」というメッセージを受け取った。

B225の教授は確かにゆったりと構えていて、最終ペーパーは11日までに提出してくれれば良いと言っていた。成績評価の期限は10日の午後5時だったので、11日ではさすがに遅いと思い、7日に提出したのだが、11日の夕方になって「君のペーパーは確かに受け取った。」とだけ書かれたメールをもらう結果になった。催促することで教授から反感を買い、成績を悪くされても嫌なので、できればこちらから催促メールを送りたくはなかったのだが、卒業証書をもらえるかどうかという大きな問題が関連してしまっているので、仕方なく教授宛に「Registrar's Officeから言われたので、確認のために送ります。」という但し書きを付けて、教授に成績評価の最終期限を伝えておいた。

この授業は正規受講者が3人なので、教授は土日で3本のペーパー全てを読み、月曜日には成績評価を終わらせてくれると思うが、最後まで色々な事態があってハラハラさせられる。アメリカの大学院で修士号を取るということは、勉強とは別の意味でも大変だ。他の大学院でも手続きはこんなに大変だろうか。少なくともそうであってほしい。でなければ不公平だ。
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今日は修士論文が通って余りに嬉しかったので、Fletcherから受け取る卒業証書を入れるための額をブックストアで買ってきた。値段は145ドルと無意味に高かった。額自体はどこでも買えるものなのだが、中にFletcherのロゴが金色で印刷された黒い紙の枠が入っているので、Tuftsのブックストアで買う必要があった。木枠の部分は黒地に金色のラインが入った何となく上品で気高そうな雰囲気のものと、さして冴えない黒と茶色のグラデーションが施されたもの、そしてその冴えない枠に光沢がかけられたものの合計3種類が置かれていたが、Fletcher用の額は冴えない方の2種類しか用意されていないそうで、仕方なく冴えない額のうち少しましだと思える光沢付きの方を買った。日本人が作ればもっと見栄えのいいものが安く作れるはずなのだが、ここはクラフトマンシップに欠けるアメリカなので仕方がない。業者は大学のロゴと組み合わせることによっていい商売をしている。
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今日修士論文の評価を教授からメールで受領した。評価はAだった。修士論文の一次稿を3月末に提出してから、最終稿を提出するまでにえらく時間がかかってしまった。卒業式が20日にあるため、授業の成績と修士論文の評価が15日の正午までに受領できていなければならないのだが、こちらのプロセスのまずさと教授の多忙さの両方の理由で、最終評価を受けるタイミングがぎりぎりになってしまった。まさかAをもらえるとは思っていなかったので結果オーライだが、最後までヒヤヒヤした。

最終稿提出までに時間がかかったのは、一次稿のレビューが不十分だったからだ。2月15日が修士論文提出の公式な期限で、それに間に合わせたいと思って論文を書いていたのだが、結局間に合わず、一次稿を書き終えたのが3月末だった。2月の締め切りは実質的には形だけのもので、ほとんどの学生はRegistrar's OfficeにExtension Formを提出して4月末までに仕上げるのだが、想定よりも執筆に時間がかかったことで、必要以上に焦ってしまった。本来はPeer Reviewといって、Fletcherの学生などに原稿をチェックしてもらい、文法や構成を直した上で教授に一次稿を提出するのが筋なのだが、学生にレビューを頼むと返送までに時間がかかると思い、セルフチェックだけして提出してしまった。

4月末までに1か月あれば、一次稿に対する教授のコメントを受けて、最終号を提出できると思っていたのだが、教授の方もすぐに読んでくれる訳ではなく、2週間程度時間が空いてしまった。その後教授から連絡があり、英文表現が不十分なので、第三者のレビューを受けるようにとの指示があった。すぐに読んでもらうことができないと分かっていればその間に複数のレビューを受けることができたので、2週間分の時間を浪費してしまったことになる。その後、4月末という期限が迫っている中で、自分の修士論文に忙殺されているFletcherの学生に短期間でのレビューを依頼するのは難しいと思い、インターネット上でプロフェッショナルエディターを見つけてそこに校正を依頼した。

校正は一週間で上がってきたので、それを教授に送付したのだが、その後音沙汰はなく、期限延長後の締め切りである4月30日になってしまった。さすがにこのまま待っていると卒業できなくなると思い、教授にメールしたところ、4月は忙殺されていたので、これから君の論文を最優先で読むとの返信が来た。数日待っていると、教授からまだ英文表現に問題があるとのメールが来たので、慌ててFletcherの学生2人にレビューを依頼し、5月8日までに修正を行ってもらった。修正を待っている間に教授から再度メールがあり、リサーチは十分にしてあるので、スケジュール通り卒業できるよう単位は与えるが、今の英文表現のままだと論文を公表することは認められないとの伝達を受けた。

2人分の修正と自分自身でのチェックを経て、最終稿を提出したのは5月9日で、5月10日の公式な単位認定期限には教授の評価が間に合わなかったのだが、5月12日になって教授がRegistrar's Officeに評価レポートをFAXしてくれたので、単位は無事にもらえることになった。ただ、これだけ英文表現に問題があると言われてしまうと2人分のネイティブチェックを経た後の論文でも相当不安があるので、TuftsのDigital Library経由で論文を公表するプロセスの前に、今もう一度自分でチェックを行っている。

修士論文の執筆プロセスでは、一次稿提出前のレビューを省いたせいで、時間的にも教授の印象的にも大きなロスを招いてしまった。2月15日の一次締め切りにしろ、4月30日の最終締め切りにしろ、ほとんどの学生は間に合わせることができずに延長しているので、焦らずFletcher生に一次稿のチェックを依頼すべきだった。試験期間終了後だったということもあるが、頼んだ学生は2人とも1-2日できちんとしたレビューを行ってくれた。プロフェッショナルエディターに依頼したことも間違いだった。そうした機関は費用対効果を最優先するし、顧客の作成した文書に手を加えすぎて内容に関するリスクを負うことを嫌うはずなので、金銭に見合う効果は得られなかった。学生2人から受けたレビューの方が、短時間で仕上げてくれた上、文法だけでなく構成にも気を配ってくれたので、論文のクオリティが格段に上がった。

最終的にAをもらうことはできたが、執筆プロセスは反省点ばかりだった。今後このような長いペーパーを書くことがあれば、もっと慎重に事を運んでいかないといけないと思う。自分のせいでろくでもない文章を読まされた教授に申し訳ないと思い、短時間でしっかりとしたレビューを行ってくれた学生2人に心からありがたいと思った。
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2012年春学期の授業と課題が今日で全て終了した。今回のタームはは期末試験1つとペーパー2つという内容だった。ペーパーのうち1本は、4月9日に行ったプレゼンの内容をペーパーに落とし込むというものだったので、早めに済ませることができた。5月4日に試験を受け、8日に残り一本のペーパーを提出するというスケジュールで、本タームはかなり余裕があった。
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PCが壊れてしまった。機能は問題ないのだが、電源コードとPC本体の接続部分が機能しなくなってしまい、電源が入らなくなった。電源が切れる直前に作業中のペーパーをGmailアドレスに送ったので、期末ペーパーと修士論文の作業には支障がなかったのだが、これまでに作成したペーパーその他の文書は使えなくなった。電源部分の部品を交換すれば修復できると思うが、帰国までの時間と既に2年近く使ってきたPCであることを考え、新しいPCを買うことで対処しようと思う。次のPCは、Macbook Pro 2012 13inchにする予定。ドル建てで買った方が安いので、アメリカで買って日本に持って帰ることにする。期末までの作業は大学院のデスクトップPCで行うことにした。使い慣れたノートPCに比べると慣れていない分不便だが、多少の不都合は受け入れるしかない。
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火曜日にInternational Finance and BankingのCertificateに関する申請書をRegistrar's Officeに提出した。Certificateは修士号の学位に加えて専攻分野に対する専門性を示すために用意されているもので、各Certificateの取得要件となっている授業を、卒業要件である16単位中10単位近く取得すことで受け取ることができる。Certificateの称号は数種類あり、自分が申請したInternational Finance and Bankingの他に、Strategic Management & International Consultancy、Human Security、Diplomatic Studies、International Developmentというものがある。他の大学院にもCertificate Programはあるそうなのだが、FletcherはMaster of Arts in Law and Diplomacy(MALD)という多くの学生の専門性と全く異なる学位を受け取ることになるので、Certificateを受領するメリットは他の大学院の学位に比べると大きいと思う。

Certificateを取ることは、特にすごいことではない。 取得要件となっている単位を従順に4学期間消化し続けることができれば誰でももらうことができる。一番必要なのは、2種類の専攻に関する単位取得要件とCertificateの単位取得要件を同時に満たせるよう、スケジューリングをきちんと行うことだ。10単位近くあるCertificateの要件と各4から4.5単位ある専攻の要件を同時に満たすためには、1学期目に4学期分のスケジュールを組んでしまっておく必要がある。専攻のうちの1つの取得単位をCertificateの取得単位と重ねることができるので、13-14単位で全要件を満たし、2-3単位分は自分の好きな科目を履修する形になる。

自分自身は必要単位を揃えるのに13.5単位を使った。自由に選択できたのは、最終学期に履修したP205 Decision Making and Public PolicyとP266m Islamic Worldだけだった。Decision Makingの方は、授業が月曜日と水曜日で評価が甘いらしいという理由だけで選んだので、履修したかったものはほとんど取れなかった。途中Econometricsという授業を専攻の1つとしていたDevelopment Economicsの選択授業として履修しようとして、前提要件であるStatisticsを履修したのだが、結局Econometricsが大変らしいと聞いてRural and Agricultural Development in Developing Countriesに逃げたので、Statisticsの1単位分を無駄にしてしまった。せっかく国際関係大学院に来たのでInternational Relations: Theory and PracticeやForeign Relations of the United States to 1917、since 1917といった国際関係の授業を履修したかったのだが、履修要件になっている授業と時間が重なっていたり、他の授業をこの学期に取ると必修授業を履修できなくなってしまう状況だったりで、結局3つとも取らずじまいで終わってしまった。

Certificateはどんな成績であっても単位さえ揃えればもらえるものなので、取りたい授業を犠牲にしてあまり興味の持てない授業を取るメリットがどこまであるかは疑問なのだが、1学期目に受領できるようスケジュールを組んでしまったので、結局最後まで流れに乗って求められるがままに授業を取った。国際関係大学院らしい授業は、将来のどこかのタイミングで取れればと思う。国際関係大学院で勉強しなかったことを今後の人生で勉強できる可能性はとても低い気はするが。
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締切の感覚の投稿で書いた、プロジェクトファイナンスの試験が未提出だったバングラデシュ人の学生と今日立ち話をした。試験の提出について聞いたところ、未済とのことだった。今学期の課題に追われて手がつけられていないそうだ。同じ授業を履修していたスリランカ人の学生もまだだと言う。やはり締切を設けてもらわないと書けないのだそうだ。学位取得のための所定単位数取得期限が迫っているため、何とかしないといけないと焦っていた。自分を含め、修士論文の最終稿提出期限が迫っている多くの学生と立場は同じだと思うが、1学期半前に受けた授業の試験に今取り組むことの方が、現在進めている修士論文を完成させることよりも難しいだろう。締切があやふやだったという一点により、たった0.5単位の授業の単位取得が泥沼化してしまっている。何とも皮肉な状況だ。
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4月15日に放送された『情熱大陸』で、安藤美冬さんというノマドワーカーについて知った。ノマドワーカーとは、遊牧民を指す「ノマド(Nomad)」のように、本拠地を特に持たずに仕事をする人のことを指すそう。安藤さんは自宅とWifiが使える近所のカフェを主な仕事場として、インターネット上で仕事上のコミュニケーションを行っている。集英社の雑誌編集出身だが、肩書きは編集者ではなくただ「フリーランス」で、ノマドワーカーとなってからの仕事内容は編集業務そのものとは無縁であるとのこと。主にTwitterを通じて潜在的なビジネスパートナーを探し、ソーシャルスクールの運営、不動産開発に関する助言など、多方面での業務に繋げている。編集者がよく取ると思われる「フリーランスの編集者」という道ではなく、「自分が関わったことのない分野での活動」をテーマとして自身で運営する会社を経営しているそうで、手がけるビジネスの範囲は今後広がっていきそうだ。

安藤さんの「セルフブランディングを通じ、個人として仕事をする」というスタイルや、「意見をはっきり伝えることで、関わる仕事に付加価値を与える」というキャラクターはとても魅力的に映ったが、一方でこの人が何を仕事としている人かが掴みづらいという面も、情熱大陸の放送を観る限りではあった。最も強く感じたのは、安藤さんが「ノマドワーカーというスタイルを通じて仕事をしている」のではなく、「ノマドワーカーであることそのものをアピールすることを通じて仕事をしている」のではないかということ。安藤さんがライターとしての業務をソーシャルネットワークを通じて出版社と一緒にやっているのなら、それがノマドワークであると分かる。しかし、ノマドというワークスタイルの紹介を軸として仕事をしているのであれば、ノマドが手段でなく目的になってしまう。ノマドワーカーであることのみを売りにしてノマドワークを続けることは、ノマドという言葉やワークスタイルの提唱にはなっても、安藤さん自身の専門性や能力を磨くことにはなり得ないのではないか。

もしかすると上記は自分の誤認で、放送時間30分の情熱大陸の場では安藤さんの発した本質的なメッセージが明確に伝わらなかったのかもしれない。ただ、放送を観て、インターネットでご本人のウェブサイト等を閲覧した限りでは、ノマドワーカーというワークスタイルを世間にアピールすること以上の価値を与える仕事をしているようには感じられなかった。究極的に例えれば、ある個人が小説家としてのワークスタイルを世間に向けて発信する一方で、小説そのものは書いたことがないという状態に似ていると思う。ただ、事実として自分自身がノマドワーカーの正確な定義や安藤さんの活動の全容を知らないという前提があるので、より明確な理解ができるよう努めたい。
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# by UbuntuK | 2012-04-24 08:21 | 雑考
ミッドタームの試験とレポートの結果が今日でようやく出揃った。

B221 International Financial Managementは思っていたより大分悪く、がっかりな内容だった。エッセイ60%、計算40%の配点で、エッセイはそこそこの出来、計算は相当の出来と思っていたのだが、それぞれもう一つの出来という結果だった。特にエッセイは、もう少し言葉選びに気をつけて、ある程度の分量を書かなければ期末試験も同じような結果になってしまいそうだ。

P266m Islamic Worldの中間ペーパー5枚は、A-だった。厳しい評価を付ける教授ではなく、周りの学生のペーパーを盗み見ると結構Aの人がいたので、こちらもあまり良い出来ではなかったようだ。春休み中に急いで仕上げて提出しようとしていたところに、一週間の提出期限延長を認めるというアナウンスがあったので、もう一週間内容をレビューする猶予があったのだが、内容について更に思い悩むのが面倒になって、元の期限通りに提出してしまった。もう少し貪欲になって練り直した方が良かったかも知れない。

中間の課題ではないのだが、たまたま提出期限が学期中盤になっていたP205 Decision Making and Public Policyの3本中2本目のレポートはAだった。これは過半数の学生がAをもらえる評価基準になっているので、おかしな内容ではなかったという程度だと思う。一本目のレポートでA-をもらってしまっているので、最後のレポートでAを取らなければ、最終評価でAをもらえることはない。最終レポートはNSC Meetingという政策決定シミュレーションの前に提出してしまっているので、後は結果を待つしかないのだが。

B225 Corporate Finance and Banking: East Asian Perspectiveも同様に、3本のレポートのうち3本目がミッドタームの少し前の時期だったので、評価済のものを春休み明けに受け取った。評価はレポート3本でストレートA-。出来はそれぞれに違うと感じていたのだが、どうもA-の評価とする幅が広いようだ。よっぽど良くなければAにはならないし、よっぽど悪くなければB+にもならないらしい。去年この授業を履修した韓国人の成績もA-だったので、とてもA-づいている授業らしい。期末レポートでよっぽどのものを書かない限り、成績はA-になるだろう。

それぞれの科目について、これまでの評価はそこそこといったところなので、良い成績を取るためには期末の課題で良い評価を得ないといけない。期末で多少失敗しても大丈夫という余裕は、どの授業にもない。
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先週金曜日にバングラデシュのグラミン銀行創設者、ムハマド・ユヌスの講演会がタフツ大学の講堂で行われたので、聴きに行ってきた。講演内容はノーベル平和賞を受賞した頃に執筆された自伝をカバーしたもので、目新しいものではなかったが、本人が直接話しているのを聴くと、より説得力があるように感じられた。一方で、講演内容がグラミン銀行創設の理由や人間の能力開発に関する信念など、2006年のノーベル平和賞受賞時とさほど変わらない内容であったことが少し残念に感じられた。下記は講演録とその感想。

貧困からの脱却
ある職業を得て生活するために必要な能力が備わっていても、途上国ではその職業に就けないことがある。例えば、将来医師になりたいという勉学に秀でた少女がいたとしても、家族に教育を受けさせるだけの財力がない場合、それを叶えることはできない。これは家族が悪いのではなく、貧困と、貧困を作り出す社会が悪い。人間に本来備わった生きる力は相当なものであるにも関わらず、それを社会が貧困を作り出すことによって封じ込めてしまっている。人間が本来の能力を発揮できるよう、社会から貧困を除去することが私の使命であると考え、これまで取り組んできた。

ソーシャルビジネスの概念
私はソーシャルビジネスという概念を提唱している。ソーシャルビジネスは、自分が利益を得るだけでなく、ビジネスを通じて便益を享受する側に十分な便益が生じることを前提としている。仮にビジネスが売買が成立したとしても、売り手側のみが利益を得る取引は、単なる搾取に過ぎない。売り手が利益を得ることは必要であるが、買い手側においても取引の対価としての便益が正当に生じることが必要である。売り手、買い手双方の便益が担保されることにより、社会が最も有益な形で発展する。この形態が成り立つことがソーシャルビジネスを定義する上での前提となる。

感想
グラミン銀行が脚光を浴びて以来、バングラデシュをはじめとする南アジア諸国ではマイクロファイナンスを実施する機関が乱立し、供給過多となっているようだ。また、貧困層に小口の融資を行うというビジネスモデルの性質上、融資コストは高く、各マイクロファイナンス機関は平均で年率20%程度の金利を課している。マイクロファイナンスの供給者の増加や過去の融資回収データの充実により市場が効率化すれば、金利はよりリーズナブルな水準に低減されるべきだが、現状の金利水準は高止まりしたまま推移している。

恐らく毎年膨大な数の場所で行われているムハマド・ユヌスの講演内容は、ノーベル平和賞受賞時の5年前からあまり進化していないように感じられる。現在は、マイクロファイナンスの台頭により生じた新たな課題を解決し、貸し手にとっても借り手にとっても必要十分な金融市場を作るための施策について、ムハマド・ユヌス自身が提言を行っていくフェーズに移っている。多くの人々がマイクロファイナンスやグラミン銀行、ムハマド・ユヌス自身のビジネス哲学について理解を深めている現在では、自身の経験や哲学に関する説明に加えて、現状のマイクロファイナンスが抱える問題とその解決策に関する指針を詳しく説明することが求められていると感じた。
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先週一週間は今学期で一番忙しかった。月曜日にはP266m Islamic Worldの個人プレゼンテーションがあり、水曜日にはP205 Decision Making and Public Policyの政策決定シミュレーションとB225 International Financial Managementのグループレポートの提出がった。

P266m Islamic Worldについては、直前になると他の授業の準備に時間が割かれて何も準備できないと思ったので、前週の金曜日と土曜日を使ってプレゼンテーション資料を作り、直前に10分程内容を見ただけで本番に臨んだ。練習をする時間が取れなかったのだが、良くもなく悪くもなくという内容で終わった。もしかすると練習しても質があまり変わらなかったかもしれないので、最小限の時間で準備したということで、結果的に良かった気がする。

P205 Decision Making and Public Policyの政策決定シミュレーションは、クラスを6グループに分けてそれぞれにアメリカ国家安全保障委員会出席者の役割を与え、大統領役のゲストに政策提案を行うというもの。役割は国務長官や防衛長官、エネルギー長官、大統領補佐官等で、自分は防衛長官の立場だった。シミュレーション自体は1時間15分の授業時間内に終わるのだが、シミュレーションに向けて事前に学生間でミーティングの機会を複数回持ち、前日迄にそれぞれが2枚の政策メモを教授に提出して、自分のポジションを明確にした上で本番に臨まなければならない。そのための準備がかなり大変で、事前ミーティングとそのためのリサーチにかなりの時間を割いた。先週に入ってからも月曜日の昼に詰めのミーティングを行い、月曜日の夜と火曜日の夕方を使って政策メモを書き、夜にシミュレーションで頭に入れておくべき情報を読むという作業をした。自分自身の内容はそれほど良くなかったが、ミーティング全体に対しては教授が満足したようで、後で全員にメールで「出来が良かった」というメッセージを送ってきた。忙しかったが、後悔して変に引きずる結果にはならなかったので、取りあえずは安心できた。

B221 International Financial Managementでは、要求されている3本のグループレポートの最後のレポートに取り組んだ。木曜日の夜に一度皆で集まったのだが、大多数がきちんと内容を読んできていなかったので延期になり、日曜日の夕方4時から再度ミーティングすることになった。そこでもその場で課題文が何を言っているのかを皆で考えるというプロセスになってしまったので、月曜日に教授に会い、詳細を確認することになった。教授との面談には授業があって出られなかったのだが、一応良い情報が得られたようだったので、面談に出た学生が該当箇所の計算とライティングを行い、自分は別の箇所の計算とライティングを行った。火曜日にもう一度会ってそれぞれが作業した内容を照らし合わせ、夜にようやく最終版が完成した。

2つの授業のメインとなるコマが偶然重なり、別の授業についてグループレポートを書くことになったので、突発的に忙しくなってしまった。しかも2つの授業についてはグループミーティングを複数回やらなければならなかったので、時間的な制約と精神的疲労も大きかった。水曜日に行われたP205のシミュレーションが終わったときにはかなりぐったりして、その日の夕方に行われているB225 Corporate Finance: East Asian Perspectiveの授業の予習をさぼってぐったりしていた。

この後は、B221 International Financial Managementのグループレポート2枚、B225 Corporate Finance: East Asian Perspectiveの期末レポート15-20枚、P266m Islamic Worldの期末レポート12-15枚を提出した上で、5月4日にB221の試験を受けると全て終了となる。P266mについては木曜日から土曜日でレポートを書き、今日内容の見直しを行ったので、今週末で課題が一つ減った。修士論文の修正がここに加わってくるが、あまり膨大な量でないことを祈りたい。
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